BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――トシの悔恨

f:id:boatrace-g-report:20171129143055j:plain

 10Rが終わり、エンジン吊りに参加したベスト6は、いよいよ戦闘の準備に入る。最初に太田和美がボートリフトに乗り込み、続いて山崎智也、魚谷智之。少し遅れて重成一人。重成が乗った瞬間、リフトは下がっていき、太田が何か冗談でも言ったのか、智也や魚谷の笑い声があがった。重成もニコリ。おっ、そういえば、この4人は優勝戦の「3000番台」組ではないか。単なる偶然ではあるのだが、何か象徴的なシーンに見えなくもなかった。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143103j:plain

 「4000番台」組はというと、まず井口佳典がペラ室に入っている。ただ、これはどうやら後片付けだったらしい。井口は10R発売中にペラを叩いており、そのときペラ室には井口一人のみだった。そこで調整は終えていたのだろう。井口は間もなくゲージを収めたスーツケースを持ってペラ室から退出、すぐにペラを装着し始めている。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143113j:plain

 一方、吉田俊彦はエンジン吊りのあとに、プロペラを外している。ギリギリまでペラを叩く、そう決めたようなのだ。今日は後半の時間帯に、急に起こしでブルが入ると多くの選手が証言していたらしい。吉田もレース間のスタート練習でそれを感じたのだろう。イン戦で起こしに不良が起こるのは致命的。万全を期すために、吉田はベスト6でただ一人、装着していたペラを外したのだ。

 ペラ室でゲージを覗き込む吉田の前には、師匠の馬袋義則が座り込んでいた。弟子には何としてもタイトルを獲ってほしい。3カ月前、自分が味わった歓喜を弟子にも味わってもらいたい。その思いが、吉田の最後の調整に付き添わせたのだろう。当然のように、馬袋は吉田に声をかけつつ、作業を見守っていた。

 吉田がペラを装着し、着水して展示ピットにボートを係留したのは15時50分。吉田は、間違いなく、やるだけのことはやったのだ。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143124j:plain

 ベスト6は、総じて自然体で優勝戦に臨んだように見えた。展示を待つ重成とは、喫煙所でバッタリ。タバコの銘柄はクール・ライトです。ってのはともかく、重成は「やっと出番や!」と言ってニヤリ。緊張感はもちろんあったに違いないが、その笑顔はいつもの優しく穏やかな重成のものだった。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143135j:plain

 優勝戦の展示が終わり、智也がピットに戻ってくると、ちょうど横西奏恵がモーター返納作業を終えて、控室に戻ってきたところだった。立ち話を数分交わす二人は、本当に幸せそうな笑顔。その笑顔に送られて戦場に向かう智也には、確実に強大なパワーが充填されただろうと思う。

 ただ一人、強い緊張と戦っていたとするなら、やはり吉田だろう。ほんの一瞬だけ控室から姿をあらわした際の表情は、目が吊りあがり、頬がギュギュっと締まっていた。もちろん闘志あふれる表情と書くのが正しいが、起こしでブルが入るという突然の潮流は、イン発進の吉田にとって余計な心配ごとになったのは確かだと思う。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143147j:plain

 「おぉっ! なんだ今のは!? 巧すぎる!」

 太田和美の差しが吉田のふところをとらえた瞬間、戦況を見守っていた選手仲間から声があがった。たしかに目を疑うほどに鋭角な航跡だった。トップレベルの技をもつ選手たちであっても、感嘆する超絶差し。それが決まったとき、吉田の悲願達成は消滅した。

 レース後の選手たちは、わりと穏やかな雰囲気だったと思う。なにしろ、勝った太田和美でさえ、歓喜を爆発させたというわけではなかったのだ。出迎えた丸岡正典や湯川浩司、石野貴之はバンザイして太田を讃えていたが、太田はそれに穏やかな笑みを返すのみ。その笑顔は達成感にあふれていて、なんとも幸福なものだったのだが、破顔一笑というほどのものではなかった。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143201j:plain

 もちろん、太田は勝利の喜びを満喫はしていたと思う。会見でも、「今年で40歳ということで、怪物くんに変わる新しい愛称をつけたいのですが」という質問にも、笑顔で「じゃあ、大仏くんで」と笑わせている。奈良の大仏!? 田中信一郎がそう言ってからかっているのだそうだ。「本当は次のオーシャンで優勝して、MBに出たろと思ってたんですけどね」なんて、皮肉の利いたイカすジョークも飛び出したり(太田はMB記念に選出されなかった)。浪速の怪物くんも、今年不惑を迎える。マジかよ!?とも思うのだが、淡々と努力を積み重ね、「年々レースが上手になっていると思う」と言い切れるだけの実力を身につけた太田は、きれいに年齢を重ねてきたということだろう。若者のようにはしゃいだりはしなくとも、太田なりの喜びは表現されている。穏やかに、太田は喜びをあふれさせている。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143212j:plain

 2着の智也は、笑っていた。何度も書いている「悔恨を笑顔で隠す智也」とは、少し違う笑顔のように見えた。充実感のようなものも感じたし、手応えのようなものは感じていたかもしれない。魚谷も、智也と笑顔で感想戦。

 ちょっと苦笑が混じっていたようにも見えたが、6コースでは致し方ないという境地にも達していたか。重成は、一瞬だけ顔を歪めていたが、仲間たちとともに柔らかな表情で話していた。井口も同様に、唇を噛み締めたりもしてはいたものの、さっぱりしたような表情でモーター返納作業を行なっていた。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143223j:plain

 ただ一人、違う雰囲気を醸し出していたのは、やっぱり吉田俊彦だ。ヘルメットをとった吉田の顔には、表情がまったくなかった。あたかも魂が抜けてしまったかのような顔。どんなことがあれば、ここまで表情はカタまってしまうのだろう……。吉田の脳裏に去来したものがいったいなんだったのか、もちろん想像はつくけれども、それを全面的に理解できる自信はまったくない。「悔恨にくれていた」的な言い方では、きっと表面的にすぎる。

 その顔つきは、モーター返納の間も変わらず、作業を終えて整備室を出るときもほとんど表情は緩んでいなかった。吉田の心中を察したのだろう、魚谷が微笑みを浮かべながら寄り添っている。魚谷に向かってやっと口を開いたそのとき、ようやく吉田の口元に悔恨のシワが浮かんだ。首をわずかに傾げた。思いを口にすることは癒しになる。魚谷が肩を並べて声をかけたことで、吉田も少しずつ現実に戻ったようだった。もちろん、現実に戻るというのは、この悔しさを全身で味わうということでもある。

 

f:id:boatrace-g-report:20171129143237j:plain

 きっと、それを包み込んでくれるのは、師匠の馬袋に違いない。馬袋は、並んで歩く吉田と魚谷の10mほど後ろを歩いていて、僕はたまたま肩を並べる位置になった。残念でしたね、師弟SG制覇見たかったです。そう声をかけると、馬袋は少しだけ顔をゆがめた。

「優勝してくれると思うたんやけどね~。太田さんが巧すぎた。でも、トシにはまたチャンスがあるから」

 優しすぎる口調で、悔しさと希望を語った馬袋。吉田の表情の痛々しさに、すっかり重苦しくなっていたこちらの心が少し癒されたように感じた。師匠とともに力強く足を踏み出すであろうトシが、その師匠と暮れの舞台に立っていたら最高だ!

(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)