実にのどかな冬の午後、であった。風も弱く、
気持ちのいい日差しが降り注ぐ。「アリーナ」周辺は
眼前の景色も手伝って、なんとも穏やかな空気が漂う。
時は10R発走直前。展示の準備をしていた11Rトライアル組も、
天候の話題で盛り上がっていた。
寺田千恵「朝に比べたら気温が5℃以上あがってる~」
角ひとみ「でも明日は雨らしいね」
寺田「ほんとぉ~!? 湿度も43%よ。海でこれなら、カラカラでしょう?」 山川美由紀「ほんとほんと。唇、渇くもん」
美由紀姐さん、ちょっとドキっとしました、はい。
ただ、そんな雰囲気も、12Rで一転してしまう。
●決定戦●
ピットに緊張が走った。
向井美鈴が1マークで転覆したのだ。
レスキューが向井のもとに駆けつけた直後、
ピットでは職員の方が担架を手に水面際に走った。
一気に空気がざわつく。観戦していた選手たちも、
顔を曇らせてその様子と水面を交互に見た。
レース中にもかかわらず、レスキューは一目散にピットに戻ってくる。選手も関係者も、一様に不安な表情を浮かべていた。
向井は担架に乗せられて医務室へ。その様子を見れば、
明日の出走表から名前が消えることは充分に予感させられた。
栄えある第1回賞金女王決定戦。その初日で起こってしまった
悲しい事故。まだ水面ではレースが続いていたが、
その場にいた誰もが心配そうな表情で向井を見送っていた。
結果、向井は途中帰郷となってしまった。無念だと思う。
身体も心も、痛手を負ってしまったのだ。その心中を想像するのは、
あまりにつらいことである。だが、
だからこそ向井には来年もこの舞台に帰ってきてほしい。
今日の思いを晴らすのは、それしかない。
2013年の向井美鈴を思い切り応援するぞ。
一方、この転覆の原因として妨害失格をとられてしまった
平山智加の表情も、なんとも痛々しいものだった。
“賞金王システム”では、妨害失格はいわゆる賞典除外とはならないが、減点は10点。事実上の終戦である。それももちろん痛いが、
心優しい平山にとって、自分が向井の負傷に絡んでしまったことを
悔やんでいるだろう。向井に対して、申し訳ない思いで
心を満たしているだろう。顔色をなくした平山は、
最大級の落胆を抱えた。今はただ、なんとか気持ちを切り替えて、
残る3戦を全力で戦ってほしいと願うばかりだ。
また、これによって繰り上がり出場となった永井聖美も複雑だと思う。12R後には永井を呼ぶアナウンスが何度か響き、
この事態をどうとらえていいものかわかりかねているような表情で、
枠番抽選の場にあらわれている。枠番抽選のあとには、
ボート&モーター抽選、モーターの点検、さらにタイム測定という
前検業務も行なっているわけだが、すでに日が落ちて
宵闇に包まれ始めていた水面を走ることは、
やはりなんとも表現できない思いにとらわれることであったはずだ。
なお、“賞金王システム”には、トライアル3走以上の得点上位者が
優勝戦進出という規定があるので、
永井は仮に明日からピンピンと連勝しても、
優勝戦には出られない。枠番も明日は6号艇固定。
永井にとっては、どうしたって複雑な決定戦、なのだ。
勝った田口節子の表情もまったく晴れない。
勝ったはずなのに、どんよりとしているのだ。
11R2着の山川美由紀が、会見で
「12人のなかでは11位くらいじゃないですかね」と
自身のパワーについて語った。
田口は会見でこう言った。「誰とやっても勝てない……」。
すなわち、12位なのだ。「8割方逃げ切れないと思っていた」というほどで、これでは1着をとったからといって気持ちが晴れるわけがない。
明日は本体にも手をつけるという田口だが、
この劣勢パワーをどこまで引き上げることができるだろうか。
●シリーズ戦●
シリーズ組も、12Rの後には表情を暗くしていたものだが、
それ以前にはピットにいい空気を作っていた。
なんとも爽快なアリーナ席に陣取る、藤崎小百合、西村美智子、西坂香松。レース中ではない。レースとレースの合間にも、
彼女たちはここにすわって、にこやかに談笑していた。
藤崎はここまで5戦4勝。シリーズ戦の堂々たるシリーズリーダーだ。もはや整備などの必要もないのだろう。その様子を見ていれば、
いかにパワーに不安がないかがうかがえる。
おそらく西村も西坂も、それなりの手応えを得ている。
この3人、明日も要注意だ。
3日目5着2本と、やや失速気味の金田幸子。
レース後は首をひねり、海野ゆかりに相談をもちかけるようにして、
アドバイスを受けていた。さすがに、レース後はやや微妙な表情だ。
その後、見ている者を和ませたのは、Tシャツ姿でアリーナにあらわれたこと。
金ちゃん、寒くないの!? 冬にしては暖かいとはいっても、
僕もさすがにアロハ一枚ではピットに立てない。
でも金ちゃんはTシャツ一枚で何食わぬ顔。
11R後は、そのままエンジン吊りにも向かっていて、
思わずこちらが震えてしまった(写真はなんだか重装備ですが)。
金ちゃん、いつだっていい味出しまくりである。
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)