BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――幸福、そして残酷

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そこには、残酷な光景があった。 

三浦永理がまくり差しで田口節子のふところを捉えた瞬間、

静岡勢が歓声をあげている。大村ピットの「アリーナ」は、

2マークを左手に見る格好で、

旋回を終えた選手の視界に入る場所。

3周2マークを三浦が先頭でターンすると、

静岡支部は一斉に手を振り回して祝福を送り、

そして嬌声をあげながら係留所へと駆け出している。

その様子は、まさしく極上の幸福、であった。 

だがもちろん、アリーナには田口の応援団だっていた。

静岡勢が完全に仕上がった出足で

係留所へと向かったあとから、トボトボと歩いて

ボートリフトへと向かう佐々木裕美と片岡恵里。

まるですべての幸せを水面に投げ捨ててしまったかのように、

うつむき、肩を落とし、うつろな表情で二人は歩み出した。

片岡が目のあたりを拭ったように見えたのは、

気のせいだっただろうか。わずか数mを隔ててあらわれた、

このコントラスト。正視するのがあまりにつらい光景であった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ボートリフトでは、今度は当事者たちのコントラストが浮き上がる。

TVインタビューがあるため、三浦はウイニングランをする前に

いったん陸へと上がってくる。隣には、田口節子。

歓喜の輪の中でとびきりの笑顔を見せる三浦と、

表情を凍りつかせる田口。田口を出迎えた岡山勢も、

田口にどう声をかけていいのかわからないといった様子で、

表情を暗くしていた。真っ先に田口とともに泣きたかったはずの

佐々木と片岡は角ひとみのエンジン吊りをヘルプ。

離れた場所で、佐々木と片岡は田口と同じ表情をしていた。 

三浦がウイニングランへと向かったあとは、

やはり田口の表情を追いかけてしまう。僕は、勝っても負けても、

田口はレース後に涙を見せるのではないかと想像していた。

田口がどんな表情、雰囲気で一節を過ごしてきたかについては、

ここで書いてきた。それが、初代クィーンの座に就くことが

ノルマであり、そのことのみを念頭に置いている強者の姿

だということも。自分を追い込み、

 

公開インタビューでは「もう帰りたいです」なんて

口にするほど崖っぷちに身を置いてきた田口は、

どんな結果であろうと、この重圧地獄から解放される。

もちろん、歓喜とともに、が理想。そして、結果は無念の2着。

この状況に悔恨が加われば、

夏の女子王座のレース後に号泣していたように、

せつなすぎる場面を目撃することになってしまうのだろうと

思っていたのだ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

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だが、田口はただただ表情を硬くするのみ、だった。

おそらく、気を抜けば涙腺は決壊していただろうと思う。

それを察してか、若松では田口に寄り添い、

涙する田口の肩を抱いていた寺田千恵も、

ただ顔を歪めてモーター返納をヘルプするのみ。

田口は、岡山勢に囲まれながらもたった一人、

唇を噛み締めていた。岡山勢がそうしたのではない。

田口が孤独を求めていたように、僕には思えた。 

 

田口は、真っ先に返納作業を終え、早足で整備場を後にしている。

僕にはそのあとを追うことができなかった。

角の返納手伝いを終えた佐々木、片岡と合流すればきっと……

と思うと、なおさらだった。取材者としては失格かもしれない。

だが、田口のその場面を見るのは耐えられないと思った。

 

それに、田口があの賑わいの中でも孤独を選んだ以上、

そこに今、割り込むことはできないとも思った。

孤独、それは真の強者の宿命だからである。 

今はただ、この苦しみと悲しみを乗り越えて、

さらに巨大な存在となった田口節子と2013年に会えると信じる。

この一節間の田口節子を目の当たりにできたことは、

僕にとっては大きな大きな収穫と幸甚だったと確信している。

 

他の敗者たちも、一様に表情を硬くしていたのは、

正直に言えば、少し意外だった。

全員が初めて体験する賞金女王決定戦。

その重さをどの程度にとらえ、勝利することをどこまで

大きく考えているのか。賞金王決定戦と違い、

賞金が他のGⅠに比べて巨額なわけでもない。

賞金王決定戦のような歴史もまだない。

だから、たとえば女子王座の優勝戦ごと変わらぬ雰囲気になって、

苦笑いとともにレースを振り返るような場面があっても

おかしくはないだろうと思っていたのだ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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だが、やや柔らかく見えたのは角ひとみだけで、

あとは日高逸子も山川美由紀も香川素子も、

明らかな落胆を見せた。敗戦後なのだから

当たり前といえばそうだが、健闘を称え合うような場面も、

レース直後には見当たらなかったのだから、

それはどうしたって独特な、いや、特別な場所、空気に思えた。 

そう、ここにもまた実に鋭利なコントラストがあったことになる。

1対5の明暗。勝者と敗者をハッキリと分かつものが

そこにあるということは、勝負の世界ではもしかしたら

理想的だと言うべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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だからこそ、三浦永理の優勝はハッピー! 

これがGⅠ初制覇だと思えばなおさら、その幸福は巨大だ。 

11Rには、賞金女王シリーズ戦の優勝戦が行なわれている。

優勝したのは池田浩美! 

そう、12月16日は静岡勢のW優勝デーとなったのだ! 

12Rの展示ピットにいた三浦は、

池田の優勝を祝福する輪には加わっていない。

だが、もちろん三浦はいい流れが来たことを感じ取っていたはずだ。

浩美も、展示を終えて帰ってきた三浦にタッチして、

その流れを授けた。また、浩美のウイニングランを歓喜とともに

出迎えた池田明美、鈴木成美らも、

静岡W優勝を強く予感しただろう。

「万記ちゃんがいいレースしてたので、くそーっと思って、

私もいいレースしたいなと思った」 会見で三浦がそう語った通り、

長嶋は敗れたものの、追い上げて追い上げて最後に3着逆転。

その執念を強く感じさせるレースぶりは、

長嶋からの無言のエールであったかもしれない。 

そうした浜名湖軍団に囲まれて笑う三浦は、

初代クィーンにふさわしい美しさをたたえていた。

「静岡の先輩たちの練習の仕方、プロペラを叩く姿勢、

戦う姿を見て、多くのことを学んできた」 仲間とともにあること。

歓喜を分かち合えること。その幸せを感じれば、

誰だって三浦のようなベストスマイルになる!

 

 

 

 

 

 

 

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さてさて、GⅠ初優勝ということですから、

もちろんアレがあります。水神祭! 

その静岡勢が全員サンダル姿であり、

「も~、ただでさえ寒いのに~」なんて池田明美(浩美かも)が

嬉しそうに愚痴ったりしている様子を見れば、

エンディングは誰にだって予想できる。

絶対に外れない予想です。  

三浦がとっぷりと日が暮れた大村の水面に放り込まれると、

次から次へとダイブ! 寒~いっ! 

たくさんの嬉しい悲鳴が一斉に水面にこだまし、

幸せが夜の闇に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

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係留所に這い上がってからも、ふたたび突き落としたり

していたから、この幸せはかなり長く続いている。

浩美と長嶋だけ別個に落とされたりして、

こちらはシリーズ戦の水神祭? そんなことをしている間に、

真っ先に引き上げたのはなんと主役の三浦永理。

「ありがとうございました~」と去っていく姿は、

幸せの余韻をたっぷりと引きずっていて、

見ている我々にもお裾分けをしてくれたのだった。 

 

 

第1回賞金女王決定戦。

それはなかなかにコクの深い戦いであったな。

 

 

 

 

 

 

(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)