BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――「気になる山崎智也」よ!

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 おそらく、王者の胸中は誰にもわからないだろう。 盤石と思われたイン戦を逃し、手に入りかけていた4度目の賞金王戴冠を逃してしまった松井繁。「差されるターンはしてない」と、自身は大筋では勝てるレースをしたはずなのに、青いカポックの後塵を拝してしまったことの“不条理”は、王者にしか味わえない……いや、王者だからこそ敗れたときに味わわねばならなかったものだろう。

 レース前も、その風格は慄然たるものだった。粛々と調整を重ね、淡々とふるまい、時に仲間との顔合わせでは“イケメン№2”らしい素敵な笑顔を見せる。その姿を見れば、王者に付け入るスキがあるとは、とても思えなかった。

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 だが、王者は敗れた。レース後を一言で言うなら、脱力だろうか。敗れても顔を歪めることなく、ひたすら悔恨を噛み締める様子には王者の矜持を感じる。対戦メンバーと目礼を交わす表情にも、王者の意地が見える。だが、この敗戦に松井は落胆を覚えてい

るのだろう。モーター返納を終えて整備室を出るときの松井には、普段の圧倒されるような力強さが感じられなかった。

 王者は孤独である。他の誰もが抱けない感情の湧き上がりに、一人で耐えねばならないのだ。悄然たる雰囲気はあった。だが、だからこそそこに、絶対王者を感じた。敗れたとはいえ、松井繁が堂々たる王者であることは絶対に変わることはない。

 

 最高峰に手の届くところにいた者たちが敗者になったとき、そこに悔恨がないはずがない。松井以外の4人も、やはりそれぞれに苦しさが見えていた。

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 太田和美の表情がうつろに見えたのは気のせいだっただろうか。勝者が華麗にまくり差していくのを、いちばん最初に、目の前で見たのは太田である。敗れる予感を真っ先に抱かされたのは太田なのだ。

 モーター返納作業をしながら、田中信一郎がねぎらいの声をかける。同期の温かい言葉に、太田は笑みを返そうとしていた。だが、それはどうしても、心からの笑みにはならなかった。その悲しげで、苦しい表情は、もっとも悔しそうな敗者の表情だった。今年、あれだけ強かった太田が最後にそんな表情になっていたのを見て、僕はただただ切なさを感じていた。

 

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 井口佳典は、レース前にも強烈な視線を見せていたが、レース後もやはりなんとも力のこもった目つきになっていた。もちろん、両者の意味は違う。気合と、敗れた自分に対する怒りのような感情が同じわけがない。これもまた、もっとも悔しそうな敗者の表情。圧倒的な強者が敗れたときの表情だろう。

 少しだけ顔つきが緩んだのは、レース場に駆けつけていた横西奏恵が、レース後にピットにあらわれたのを見つけたときだろうか。「姐さん、スター性の違いを見せつけられましたわ」。そう自嘲しつつ、勝者を称える言葉をその細君に投げかけたときは、さすがに目元が優しくなっていた。

 

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 表情が相当に硬かったのは、平尾崇典である。6コースからのレースとなったわけだが、もちろんそこから黄金のヘルメットをかっさらうつもりだった。不利枠とか遠いコースとかは関係なく、平尾はやるべきことをすべてやって、この大舞台に臨んだ。そう、やるべきことをすべてやって、だ。展示ピットにボートを移すギリギリまでペラを叩いた平尾。そこまでやったからこそ満足感もあるだろうし、同時に悔恨は巨大になる。栄誉に近づけたという実感があればあるほど、後悔ではなく悔しさが募るものである。

 

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 もちろん瓜生正義も顔を歪めるシーンがあったが、それもわずかな時だけで、その後は穏やかな雰囲気にもなっていて、このあたりはお人柄というところか。シリーズ戦を後輩が制して、流れに乗って行きたいところだったが、黄金のヘルメットは今年も手の内には入ってこなかった。それでも、淡々とすら感じられるレース後。この人が賞金王を制したら、いったいどんな感情を見せつけてくれるのか。ますます、その瞬間が楽しみになってきた。

 

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 さて、優勝したのは、スーパースター! 山崎智也である。あざやかなまくり差しが決まった瞬間、ピットが一気に華やいだように感じたのは気のせいだったか。僕は智也は実は男っぽく、また豪快で、けっこう骨太の男だと思っているのだが、それでもやはり醸し出す雰囲気は華やかで、たぶん王者が勝っていたらまったく別のピットになっていたのだと思う。とにかく誰もが気持ちを弾ませている感じがあって、その中に身を置くのはなかなかに快感であった。

「だいぶドラマチックに仕上がったと思います」

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 智也は会見でそう言ったが、個人的には「有言実行の凄さ」を僕は感じていた。前検日に僕に対して優勝宣言し、トライアル3戦では優出漏れの危機がありながら、ラッキーな逆転劇を見せ、そして優勝戦ではまさしく実力でもぎ取る形で優勝を果たす。その一連の流れが、ドラマチックと言うよりむしろ智也の力技にも思えて、彼の芯にある力強さを実感したのである。

 ピットには、横西奏恵が駆けつけて、智也の雄姿を見守っていた。ウイニングランを終えて戻ってきた智也は、正面に愛妻と愛娘の姿を見つけて、ピッと指さして言った。

「カッコよかった?」

 カッコいいパパになりたい。結婚したばかりの頃、智也は何度かそうコメントしていた。そして今日、“二人の勝利の女神”をうなずかせるカッコいいパパになった。これもまた有言実行。やはり智也は、最高に男らしいヤツである。

 

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 思えば、このNiftyボートレース特集がスタートした頃、ピット記事では徹底して「気になる山崎智也」を取り上げてきた。賞金王常連で、レースでもピットでも強烈な存在感を発揮していた時期の智也だ。その後、智也にしては低迷期を過ごし、この欄でも智也を取り上げることが減った。もちろん常に気になる存在ではあったが、あえて特別扱いをする必要性を感じなくなっていたのは確かだった。

 だが、最後の最後に、やっぱり特別な男だと思い知らされた! 当サイトは、この賞金王を最後にクローズされる。そのラストレースを、気になる山崎智也が劇的に優勝してみせるとは! 出来すぎという気もするし、なんとも感慨深い。そして、こうして山崎智也で当欄を締めくくれることは幸せなことだ。

 当サイトのピット記事はこれがラスト。「気になる山崎智也」と記すことはもうないかもしれない。だが、これからももちろん「気になる山崎智也」であることに違いはない。今日、改めてスーパースターであることを示した山崎智也が、気になる存在でなくなることは永遠にない。

(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)