中島孝平が、黙々とレースの準備を進めていた。この人の仕事ぶりというのは、予選だろうと賞典レースだろうと敗者戦だろうと、まったく変わらない。ストイックに万全を期し、すべてのレースに全力を注ぎ込む。
もちろん、モチベーションや闘志に差はあるのかもしれない。緊張感も大きな舞台ほど高まるものだろう。だが、中島はそれを表に出すことなく、ひたすら黙々と己の戦いをまっとうする。場数を踏んできた強者だな、と感心せずにはいられない。
そうして見ると、やはりいつもと変わらずに過ごしている池田浩二、田中信一郎、山崎智也の「賞金王トリオ」の強者っぷりは、なお強烈に胸に迫ってくる。
ＳＧ優勝戦１号艇。重圧がもっともかかると言われるこの立場を、もう何度も経験し、結果も残している池田にとって、それはリズムを狂わせるものには絶対になりえない。レースが近づけば、闘志があらわになったり、緊張感をまとったりといった場面もあるかもしれないが、それらが池田の力を削ぐものにはならないだろう。朝の表情も実に柔らかく、余裕すら見える。死角があるのかどうかさえ、疑わしくなるほどだ。
田中は、早くからプロペラ調整に励んでおり、これは一節間通して見られた姿だ。ペラを叩くまなざしは真剣、またピット内を移動する際の足取りは力強く、優勝戦に臨む者らしい勇ましさは感じられる。一方で、仲間と絡めば、ジョークも笑顔も爆発する。２Ｒ後にピットには爆笑が巻き起こり、近畿勢が馬袋義則をからかってるらしい瞬間だったのだが、その中心で田中は楽しそうに笑っていた。弾ける笑顔だった。
山崎智也は、マスクをかけているので表情全体は見えないが、赤岩善生や中島孝平と話している様子を見ると、目が笑っている。マスクをとれば、春風のような智也スマイルが全開になるのだろう。
では、ＳＧ初優勝を目指す３人の様子はどうか。
中岡正彦は、今朝も変わらぬポーカーフェイス。正直に言って、その表情や動きを見るだけでは、淡々と平常心で過ごしているとしか思えない。すれ違いざまに挨拶を交わしたのだが、穏やかに頭を下げてくれるのも、昨日までと何ら変わっていない。福田雅一との会話では、福田の言葉におかしそうに笑う姿もあって、リラックスしているのは間違いなさそう。ＳＧ優出は11年ぶりだが、やはり経験者の強みがあるということなのか。平和島総理杯と、舞台も同じだし。
今井貴士は、声をかけると「リラックスしてますよ」と爽快に笑った。人の好い笑顔はいつも通りのもので、笑顔自体には何の変化もないように見受けられた。ただ、一人になると考え込むような表情になったり、神妙な表情になったり、ＳＧ優勝戦の日らしい緊張感はすでに今井の中にあるようにも見受けられた。もちろん、勝つために考え込むのは当然。その思考の中から絶妙な勝ち筋を見つけられるか。
地元の砦・齊藤仁は、今朝、チルト３度を試した。「伸びますけど、３度ほどの伸びじゃない。ただ、これで選択肢は増えましたね。マイナス方向で調整しながら、ベストを探します。どうするかを決めつけるのではなく、３度も含めて、考えるということ。コースも同じですね」。好漢・仁ちゃんは、持てるものすべてを動員して、ベストの状態を見つけようとしているのだ。もちろん、「勝つため」だ。６号艇うんぬんは関係ない。仁ちゃんは勝つためにベストを尽くす。
「なんかうまく言えなくてすみません」なんて笑いながら、最後に仁ちゃんは言った。「去年の僕だったら、３度を試そうとは考えてなかったでしょうね」。今日の齊藤仁を、今までの齊藤仁と考えてはいけない！（ＰＨＯＴＯ／中尾茂幸 池上一摩 ＴＥＸＴ／黒須田）
