BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――まさかの……

 まさかの事態だった。

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 12R、井口佳典は必勝の決意でレースに臨んだはずだ。レース前に気負いは感じられず、しかし気合は伝わってくる表情だったから、何の問題もなく逃げ切れるのではないかとも思われた。このレースの結果(配当)を見れば、多くの人がそう信じていたということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ピットが一気に重苦しくなったのは、1マークだ。田村隆信がのぞいていき、しかし井口はそれを制して先マイしようとした。その瞬間、激しい水しぶきが跳ね上がり、井口が転覆した。しかも、田村、山口剛がこれに巻き込まれるかたちとなった。誰もが唖然とし、地元の絶対的エースの失点に気分を暗くするしかなかった。たまたま隣でレースを見ていた西村拓也も、少しそわそわした様子になっている。妨害失格がコールされて、さらに空気は重くなる。失点どころか、戦線離脱。溜め息が渦巻いた。

 その次に、ピットには緊張が走る。係員さんたちが、慌ただしく動き始めたのだ。負傷か。後続が井口の艇に乗り上げるようなかたちだったから、嫌な予感は走った。レスキューはレース中は戻らなかったので、緊急を要するというわけではなさそうだが、やはり負傷が生じる事故はピットにいる者を暗鬱とさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 レースが終わり、深刻な表情の新田雄史がレスキューが到着する係留所に向かった。師匠とともに戦うチャレンジカップ。それがこの瞬間に終わってしまうのか。もちろん、ボートレースは個人戦。新田は師匠うんぬんは関係なく、己の勝利を目指す。だが、心がつながっている二人だから、相手の憂鬱は共有される。2日目を終えて予選1位となっている新田だが、その振る舞いには好調選手らしさは少しも見当たらない。

 

 

 

 

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 レスキューが帰還すると、まず山口剛が駆け下りた。巻き込まれて落水失格となったが、身体は無事のようだ。早足で控室へと向かっているし、着替えたあとには駆け足で整備室に向かっていた。もちろん明日も出走表に名前がある。

 田村も、レースを完走したわけだし、もちろん自力歩行をしているから、大きな心配はなさそうだ。明日は1R1号艇で出走。即座にリベンジする機会を迎えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 問題は井口だった。レスキュー上でも横たわっていた井口だったが、誰の手も借りずにレスキューを降りてはいる。しかし、それは這い上がってのもので、係留所に上がって立ち上がろうとしたとき、下半身に力が入らないのか、すぐに腰を折り、用意された担架にうつ伏せになっている。負傷していたのだ。

 井口、無念の途中帰郷。担架で運ばれる最中も、痛みなのか悔恨なのか、顔を歪ませていた井口。待ちに待った地元SG、最悪の終幕を迎えてしまった。井口にとっては、史上最大級の落胆に違いない。身体も痛いが、心も痛い。井口は両方の痛みを味わい、また耐えねばならなくなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

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 エンジン吊り等の作業を終えて控室に戻る森高一真とすれ違った。今日の森高は外枠2走を見事な連勝。後半レースの後には、充実した表情を見せていた。作業の手も抜くことなく、最後まできっちり仕事もしていた。そんな森高に祝福の声をかけたら、何を返してくれるのか、僕は楽しみにしていたのだ。しかし、森高は一気に不機嫌モードとなっていた。僕の顔を見るや、吐き捨てるように「おぅ、クロちゃん」。井口のことが心配であり、また痛みを共有してもいただろう。同時に、井口の分まで、という思いも芽生えたに違いない。あのド迫力の口調が、その発露であると思いたい。などと本人に言えば、関係ないとも言われそうだが、井口の不運が森高の心に何かを投影したのは間違いないと思う。

 

 

 

 

 

 

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 それにしても、井口の心中を察すれば、単に取材する立場のこちらもつらい。右臀部打撲とのこと、おそらく1カ月後の大勝負には元気な姿を見せてくれるものと信じるが、身体も心も、一日も早く癒して、この巨大な悔恨を水面に叩きつけてほしい。08年の賞金王制覇は、前年の賞金王での失敗が大きな糧になったという。大きな悲しみは井口を強くさせる。今の井口なら、それをわずか1カ月後であっても、見せてくれるはずだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=新田、森高 黒須田=井口2枚目 TEXT/黒須田)