BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――王者の会心

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「立花駅行きのバスが出発します」

 不思議なアナウンスが11R発売中のピットに響いた。尼崎ボートは立花駅を往来する無料バスがたしかにあるが、帰郷する選手が乗るの? 実際、バス乗り場のほうに向かう峰竜太と顔を合わせたりもしたのだが(「また出直してきます!」と元気いっぱいに帰りました)、そのアナウンスにちょっと笑ってしまった。

 すると、優勝戦メンバーではラストの着水となった吉田俊彦が「乗りたいわ~」とおどけた。「プレッシャーに負けたってことで、帰ろうかな~」。そばで聞いていた艇運係の方たちが大笑いした。アナウンスがふたたび響く。

「立花駅のバス、誰も乗らないのでしょうか?」

「ちょっと待て~」

 実にいいメンタルで優勝戦に臨めていると思った。トシの優勝、あるぞ! そう思えるほど、緊張感とリラックス感をうまく同居させているように思えたのだ。

 

 

 

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 しかし、どんなにいい状態でレースに臨んでも、それが結果に直結するとは限らない。3コース発進となった吉田は、2コースから池田浩二が見せた意表のツケマイに面食らったようだ。

「反応できませんでしたよ~」

「ん? でも、引き波なかっただろ?」

「そりゃそうですけどぉ~~」

 レース後、池田は吉田に悪戯っぽく笑いかけ、吉田も思わず笑顔がこぼれた。たしかに池田のツケマイには驚いた。池田にとっては、王者を倒すために選択した渾身の作戦だっただろう。結果的にそれは届かなかったが、しかし「池田の2コースにツケマイあり」を印象づけられたのは大きい。王者vsMVPの次の戦いが本当に楽しみになった。

 

 

 

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 ダッシュ勢は、まずスタートが届かなかったことが悔いとなったか。特に、足が仕上がっていた太田和美にとって、差しを選択せざるをえなかったことは不本意であろう。それでも、その悔しさを噛み締め、きちんと消化し、次につなげられるのが百戦錬磨の実力者である。胸の内にはさまざまな思いがあるに違いないが、レース後の太田はわりとサバサバしており、穏やかな表情でモーター返納作業をこなしていた。

 徳増秀樹は、やはり足色がもうひとつだったことが大きかったか。表情を激しく歪めたり、笑みを浮かべたりということはなく、淡々としているようには見えたが、一矢報いるようなシーンも演出できなかったことは、戦略を練って勝負に臨む徳増にとってはやはり不本意であろう。

 

 

 

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 複雑なのは、鎌田義である。SGの結果としては、準Vは自身最高である。しかも、師匠とのワンツーフィニッシュ。それを地元水面で果たした。さらに言えば、2マークで果敢な突進を見せての逆転2着である。いったんは予選落ちを覚悟し、優勝戦も6号艇という不利枠であったことを思えば、上々の結末ではあったはずだ。だが、やはりレース直後の鎌田の顔は、険しく見えた。ピットに集まった関係者や、報道陣の質問に対しては快活に笑顔も見せてはいたが、それがいつものカマギースマイルには見えなかった。モーター返納作業の際には、やや穏やかな顔になっているようにも思えたが、準Vという結果に本当に満足しているようには見えなかったというのが僕の率直な感想だ。

 注目された進入は枠なり6コース。これは太田の練習での伸びを見て、決心したという。徳増より自分のほうが足は強めであり、ならば太田がまくって生まれる差し場に自分が飛び込めるはず。その作戦を選択したわけだ。しかし、スリットの時点でその目論見は霧消した。作戦が奏功しなかったことに対しての悔恨も、やはりカマギーにはあったと思う。動いていたらどうなっていたか、そんな思いも頭をよぎっただろうか。

 

 

 

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 さて、優勝は王者である。強かった。完勝である。タイミングうんぬんではなく、トップスタートにこだわったという松井繁は、きっちりとそれを遂行した。そして、池田のツケマイにも動じず逃げた。堂々たる王者のレースだったと思う。

「なんか、松井、ふだんより嬉しそうじゃないか?」

 青山登さんがポツリと呟く。確かに。ここまで弾んだ雰囲気の王者をこれまで見たことがあっただろうか。さまざまな人たちに笑顔を振りまき、上瀧和則選手会長の「繁! おめでとう!」の祝福の声にも大きく笑った。盟友・服部幸男が歩み寄ると、感慨深い表情になってガッチリと握手。やはり松井はこれまでのSG制覇時以上に、喜んでいるように思えた。

 

 

 

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 ピットでの取材を終えて記者室に戻ろうと歩き出すと、ピット裏には山本隆幸の姿があった。松井の愛弟子である。松井を迎えに来たようで、ちょうど愛車で到着したところらしかった。松井さん、やりましたね~。そうですね~。なんて会話を交わしていると、背後から「やったぁぁぁぁっ!」という声が近づいてきた。表彰式に向かう松井である。松井は弟子の姿を見つけ、喜びを分かち合うべく駆け寄ったのだ。ともに手を合わせ歓喜し合う師弟。山本が「写真撮ってもらいましょう!」と車から降りると、松井は山本と抱き合って「やったやった!」と大はしゃぎした。こんな王者、見たことない! 皆様、その場に居合わせたのはワタクシだけであります。すなわち、これはお宝写真ですぞ!(←自慢)。やっぱりふだんより嬉しそうというのは、勘違いではなさそうである。

 

 

 

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「はじめからこのストーリーを作ろうと思って尼崎に入ってきているつもりなので、それを現実にすることができた満足感が強いですね」

 記者会見で松井はそう語った。つまり松井は、頭に描いた脚本を、自分で流れを作ることで演じ切ったのである。言うまでもなく、これは難業だ。誰にでもできることではないし、それができたのならばこれ以上の会心はなかろう。そう、まさに会心の勝利。それを実感した松井は、だからこそこんなにも喜びを爆発させた。松井の歓喜の正体をそんなふうに解釈したのだが、どうだろう。ま、王者からは「クロちゃん、甘いな」とか言われるかもしれないけど。(PHOTO/中尾茂幸 松井&山本=黒須田 TEXT/黒須田)