BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――強い気持ち

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 誰もいな整備室(といっても、選手が本体整備をする整備場はその奥にある部屋で、モーター格納前の点検をする前室のようなところ)でモニターを見上げていると、日高逸子がやって来た。わーい、グレートマザーとツーショットで優勝戦観戦だー。贅沢である。

 長谷川巌の2コース主張、高橋淳美の4コーススロー、さらに原田順一も5コーススローと、やや予想外の並びとなった点について「わっ」だの「えっ」だのと感想を述べ合ったわけだが、日高が声のトーンをあげたのは、なんといっても「えっ、大嶋さんが遅れてる?」だった。高橋淳美にとって、絶好の隊形になっているのだ。同支部の先輩が出走してたとしても、女子仲間への思いもまた強いわけだ。

 結局、金子良昭が逃げ切って、高橋淳美は2番手争い。競っていた長谷川巌がフライングとなり、日高も当然、溜め息をついていたわけだが、しかし高橋が単独2番手となって、「あっちゃん、2等!」とさらにトーンは上がった。結果、高橋は2着。大健闘を見せたことは日高にとっても嬉しいことだったか……と思ったら、もうひとつ意味があった。

「あっちゃん、女子賞金王、当確ぅ~!」

 そうか! 優勝戦2着賞金は380万円。GⅢオールレディース約4V分の金額である。本当にクイーンズクライマックス(賞金女王決定戦)当確かどうかは別として、これは実に大きい! 日高自身、昨年は準V。賞金女王トライアル初戦の好枠を手にしているのだ。4月の時点ですでにそこを視野に入れている日高もすごいが、女子王座ではなく鬼のような男子の先輩たちに混じっての戦いで準Vを手にした高橋は、お見事の一言! 2年連続の出場がかなり現実的になってきたわけである。

 といっても、高橋自身は、それを意識していた可能性は低い。レース後、笑顔が見られなかったのだ。長谷川のフライングがあっての準V、というのを気にしていただろうか。それとも、単純に勝てなかったことへの悔恨? いずれにしても、準優後の弾んだ雰囲気が今日はまるで生じていなかった。複雑な思いがあったことは間違いないと思う。

 あぁ、控室を覗いてみたかったなあ。変な意味じゃないっすよ。おそらく日高が「当確ぅ~」を伝えたはずだから。それを聞いて高橋はどんな表情になったか。それを見たかったのだ。あっちゃん、年の瀬の住之江でぜひお会いしましょう!

 

 

 

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 長谷川巌だ。個人的な意見と断わっておく。昨年優勝戦のドカ遅れの二の轍だけは踏むまいと、また相手が大嶋一也だろうとコースは譲るまいと、強い気持ちで大一番に臨み、その結果の勇み足は、これはもう致し方ないと言うしかない。むしろ、その強い気持ちは、プロのレーサーとして評価されるべきだとも思う。もちろん、長谷川自身は悔やんでいる。関係者、業界に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく感じている。その部分に対しての反省はあって然るべきだろう。だが、長谷川は奮闘した。勝つために奮闘した。それをファンは(特に長谷川から買っていた人なら)非難はしないのではないか。

 ピットに戻った長谷川がヘルメットを脱ぐと、苦笑とも微笑とも言い難いかすかな笑みが浮かんでいた。ただ、その表情はしばらくまったく変わることがなかった。笑みが貼りついていたのだ。つまりこれは、硬直した表情である。表出したかたちはどうあれ、長谷川は自身の失策を責めていたのだ。

 師匠の新良一規が声をかける。ようやく顔がゆがんだ。ようやくゆがんだという言い方はおかしいけれども、僕にはそうすることで心に沈殿した後悔を吐き出したように見えた。師匠の言葉が長谷川を少しだけ楽にさせたように思えたのだ。

 モーター返納作業をしているうちに、整備室のモニターがスリット写真を映し出した。まず、新良がその前に陣取った。つづいて、長谷川がモニターに見入る。いったい何cmオーバーしていたのか。それすら判然としないほど、スリットラインから舳先はほとんど飛び出てはいなかった。それを見ながら、長谷川はしばらく動けなくなった。実際にはかってみたら、数十秒だろう。いや、もっと短かったか。しかし微動だにせずにスリット写真を見続けている長谷川は、完全に時間を止めてしまったかのように思えた。

 まったくもって陳腐な言い方だが、来年もふたたび優出を果たし、昨年のドカ遅れ、今年の勇み足のリベンジをまとめて晴らしてほしい。キャリアを重ねてきた長谷川なら、挫折からの立ち上がり方をきっと知っているはず。来年もまたこの舞台で、強い気持ちを水面に叩きつけてほしい。一節間の奮闘、お疲れ様でした!

 

 

 

 

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 大嶋一也、原田順一、泉具巳は、高橋と長谷川に比べれば、実に淡々としているように思えた。原田は本当に変わらないですね。感情を激したり、落胆したり、あるいは勝って欣喜雀躍したり、といったシーンを一節間まったく見ることがなかった。優勝戦で敗れても同じこと。その恬淡とした立ち居振る舞いこそ、原田順一ということだろう。

 実績上位の大嶋は、逆に言えば、こういう敗戦も経験してきているということだ。原田にしろ大嶋にしろ、腹の底に悔しさが溜めこまれていたとしても、それが表立って前面に出てくることはなくて当然とも思える。いや、特に大嶋は、僕には感情の揺れがまったく見えなかった。もちろんその姿も、強者のそれである。

 泉は3番手争いを演じているので、それに敗れた悔しさがちょっとだけ見えた気はしたが、先輩たちに囲まれてモーター返納作業をしている間、笑顔を浮かべていた。声をかけられれば笑顔で返す。優勝戦まで駒を進め、6コースからしっかりと戦い、それを含めた一節の充実感というものもあっただろうか。グミぃ選手、来年もまたこの舞台でお会いしたいですね!

 

 

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 というわけで、優勝は金子良昭である。スリットでは長谷川とほぼ併走しており、コンマ01の超絶スタート。ウイニングランから戻ってくると、出迎えた二橋学や吉田隆義に「早かっただろ? タッチスタートだと思った」と話しかけている。もしかしたら自分も切っているのではないか、とも思ったそうだ。それでいて、1マークはまったく動じることなく冷静にターンしているのだから、強い。終わってみれば、完勝とも言える勝ち方で、マスターズジャケットをゲットしている。

「ひとつひとつのレースを自分らしく走りたいと考えている。1Rだろうと5Rだろうと優勝戦だろうと、同じ気持ちです。年にひとつは優勝したいと思っていて、それがたまたまGⅠになって、もちろん嬉しいですけど、去年の一般戦優勝と同じ気持ちです」

 会見で金子はそう言っている。なるほど。それが本音だとするなら、謎が解けるというものだ。謎? ウイニングランを終え、JLCの中継にライブで登場したあと、金子は表彰式に向かうよう、関係者に急かされながら控室に向かった。

 

 

 

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「ちょっとちょっと~、少しは優勝に浸らせてよ~」

 金子は言ったのだが、それがなんというのか、少し棒読み気味に思えたのだ。控室前では、選手仲間が祝福の声をかける。金子は「ありがとー!」と素っ頓狂な裏声で応えているが、そこからも特に高揚感は伝わってこなかった。GⅠを制したことを、しかもプレミアムGⅠを優勝したことを、特別なものと感じていないのではないかとなんとなく感じていたのだ。

 いや、やっぱり謎は解けていないのかもしれないな。金子の信条は本音に違いないが、でもやっぱり特別なのではないのか、プレミアムGⅠ制覇は。だとしたら、照れ隠しが入ってる? いや、金子の照れ隠しってのもピンと来ないし……。つまり、これまでのビッグ優勝戦ではあまりお目にかかれない勝者の姿を見たような気がしたという次第である。

 ただ言えるのは、やっぱり金子の気持ちの強さが、この優勝をもたらしたということだろう。

「準優進出戦(のスタート)を反省して、勇気をもってスタートを行きました」

 ちょっとだけビビリがあったレースを省み、それを強い気持ちに変える。進入から1マークまでの走りは、まさにそれをあらわしていたと思うのだが、どうか。

 ともあれ、これでまた金子とSGで会える機会が確約された。最高峰の舞台で、今日のような強い気持ちを、また見たい。(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)