BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――しみじみと深い歓喜

 

 

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 白井英治は泣かないと思った。それが白井英治だから。でも、仲口博崇は泣くと思った。それが仲口だから。あれはもう10数年前の児島周年だったと記憶しているが、GⅠ初優勝を果たした仲口は、表彰式で号泣している。今回はSGである。しかも、いつでも獲れると言われ続け、本人もそう信じ、しかし獲れないままに月日が流れて、手にしたタイトル。白井と違うのは、その間にSGやGⅠの出走が激減し、表舞台からやや遠ざかった時期があることである。気づけば若き韋駄天スターも42歳。日々チャンスが減っていく中で、SGの出場回数は思うように増えていかなかった。そんな時期を乗り越えての、悲願達成! だからきっと、仲口は涙を流すのだと思い込んでいたのである。

 ピットに戻ってきた仲口は……泣いていなかった。しばらくヘルメットをかぶったままだったので、そのなかで涙を流していた可能性はある。だが、ヘルメットを脱いでも、涙は見えなかった。瞳が潤んでいるようには見えたけれども、この天候のなかで走ったのだから、涙なのか汗なのか雨なのかは、判断できなかった。

 意外だった。

 大嶋一也のはしゃぎっぷりも意外だった。ダンディが、こんなにも跳ねている! 拍手の音も、水面のエンジン音に負けないくらい大きかった。掌が腫れるのではないかと思うほどの力強い拍手。仲口がピットに戻ってきたときには、係留所まで超抜の伸びで駆け下りている。あの渋い大嶋が、渋谷あたりにいる若者のようだ。自然とメモリアルで白井に抱きついた今村豊を思い出すわけだが、なかなか思いを成就できなかった弟子を見続けた師匠は、その時を目撃して人目もはばからずに喜びを爆発させるのである。

 

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 それに比べて、仲口の雰囲気はなんとも静かだった。ピットに戻っても、泣いてもいないし、歓喜をあらわにするわけでもない。ただ……その足取りは、1号機とは対照的に実にスローモーだった。一歩ずつ踏みしめるように、うつむきながらじっくり歩く。ヘルメットをかぶったままのその姿は、敗者のそれと言われても信じたかもしれない。

 そんな姿もまた、意外だった。

 その意外さを受け止めたとき、僕は思った。仲口は今、この時を迎えられたことをじんわりと噛み締め、じっくりと感慨に浸っているのではないか。今、仲口はただただ自分の世界を味わっているのだ。きっといろいろなことが脳裏をよぎったのだろうが、それ以上におそらくはただただ「獲ったんだ……」という思いが占めていただろう。仲口には、そんな思いに浸り込む資格がある。さまざまな艱難辛苦を乗り越えて、信じ、願い続けた瞬間を現実のものにしたのだ。実際のところ、仲口は涙をぐっとこらえていたかもしれない。そのフシは見当たってもいる。だが、何も泣かなくたっていい。この幸せにひたすら浸るという喜び方だってある。むしろ、このほうがしみじみ深い歓喜だと思う。23年の奮闘が報われた重みを思えば、これこそが仲口にふさわしい優勝後の姿だったかもしれない。

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 敗者についてはさらりと行ってしまうことをお許し願いたい。ひとつ言えるのは、どの選手もレース前の気合の入り方がハンパなかったことだ。展示が終わって戻ってくるあたりまでずっと眺めていたのだが、そこから僕の心臓の鼓動はどんどんと激しくなっていった。みんな、すげえ。朝にはあれだけリラックスしていた平尾崇典でさえ、顔つきが完全に変わっていた。「今年一番の気合」と公言していた茅原悠紀は言うに及ばず。修羅のごとき表情には実に痺れた。あ、レース後、寺田千恵と吉田拡郎が「あいつ、すげぇっ!」と興奮していたことを付け加えておこう。仲口の感動にスパイスを振りかけたのは、間違いなく茅原の鬼気迫る猛追だった。

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 井口佳典と菊地孝平も、強烈だった。展示に向かうため、競技棟の1Fにある選手ロビーでカポックを着こんでいる井口と遭遇したときには、思わず足がすくんだ。不必要なほど、井口を避けて大回りしながら、そこを通過したほどだ。菊地は展示から戻った後だ。一言で言えば、鬼の表情。その顔つきのまま、僕に気づいた菊地はペコリと会釈を向けてきたのだが、なんだか悪さをして叱られているのではないかという錯覚に陥ったほどである。

 

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 そして、池田浩二だ。果敢な前付けをあげるまでもなく、この男の「常滑SG」に懸ける思いは、常滑市全域を包んでしまうほどに大きかった。展示ピットにボートをつけたのは池田がラストだったが、そのときの顔つきは修羅よりも鬼よりも怖かった。

 池田に関してはレース後も触れねばならない。表情に、今度はどでかい悔恨が貼りついた。前付けは素晴らしかったと思うが、池田からすれば負けたら何もならないのだ。もしあの目つきが自分に向けられたメンチだったと想像すれば、僕は理由もなく謝り倒していたことだろう。ボートが陸に上がると、菊地は仲口に祝福の言葉をかけていたが、池田はそれをしなかった。いや、できなかった、か。先輩の悲願達成はたしかにめでたいが、同じレースを走っていた以上、自分の敗戦のほうが重い事実である。昨日の準優後に「こんなに悔しさをあらわにする池田浩二を見たことがない」的なことを書いたと思うが、24時間後に軽くバッケンレコードが更新された。

 それでも、時間が経つにつれて、表情は緩くなっていった。上瀧和則選手会長にジョークでねぎらわれて苦笑いを浮かべたあたりが、スイッチが変わった瞬間だったか。モーター返納作業の間にも、ちらほらと苦笑いが見えていて、その後は周囲といつもどおりにじゃれ合っている場面も見かけている。ただし、すべての瞬間で、悔しそうな表情もチラリと浮かんでいたのも間違いないことだった。

 痺れたのは、水神祭の後の言葉だ。仲口を投げ込んだ池田は、「くっそー」と呟いた。

「気持ちいいんだろうなあ。くそー、頑張ろ」

 SG制覇の水神祭は10年以上も前に果たした池田である。その後、賞金王2度を含む9冠も手にした池田である。そんな池田が、仲口の水神祭を心から羨ましがり、悔しがり、そしてそれに刺激を受けているのだ。この男、強すぎでしょ。改めて池田浩二の凄さを実感した次第である。

 

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 というわけで、そうです、水神祭です! メダル授与式、表彰式、記者会見、JLCの収録などを終えて、常滑はすっかり暗闇に包まれていた。こりゃ怖いぞ~。

 師匠の大嶋に、悔しさは抱えているけど池田、さらに応援に来ていた平本真之、磯部誠、北野輝季らが参加して、仲口を漆黒の水面に叩き落としている。常滑はレース時同様に雨が落ちていて、まさに雨中の闇水神祭。怖かっただろうけど、うん、やぱり気持ちいいんだろうなあ。で、水面をすいすいと泳ぐ仲口を見ながら、池田が「はい! 次、大嶋さん!」とギャグをかまして水神祭終了。さすがに誰も本当にダンディを落とす勇気はありませんわな。それを尻目に、びしょ濡れの仲口は報道陣に最高の笑顔を振りまいていたのだった。

 

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 おめでとう、仲口博崇! ついにタイトルを獲ったが、これで終わりじゃないぞ! 渋さを増した韋駄天走りが、これからもSGを盛り上げてくれることを願っています!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)