BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――緊張ということ

 

 

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「どうしてこんなに緊張しちゃうんでしょうね」

 レース直前、桐生順平とバッタリ顔を合わせた。開口一番、桐生はそう言った。ちょっと苦笑い混じりの笑顔で、ペロリと舌を出してみせもした。

 大丈夫だな、と思った。それを自覚し、笑みを浮かべながら口にできる。SG優勝戦1号艇で緊張するのは当たり前。それを隠そうとしたり、抑え込もうとするほうが、緊張感に呑まれやすいのだと僕は思っている。これまでにもそうしてチャンスを活かせなかった若者を、何度か見てきているのだ。13年オールスターの桐生にも、そんな雰囲気はあった。

 今日、桐生はその緊張を真っ向から受け止め、自分をごまかそうとしなかった。いろいろな勝因があるだろう。エンジン、スタート、展開などなど。そのなかに含まれるひとつが、この「緊張を受け止めた」ことだと僕は思う。それは結果が出た後だから言えることかもしれないが、桐生の笑顔を見たとき僕は、たしかに大丈夫だと思ったのだ。

 

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 実は、桐生以上に緊張していた男がいた。黒井達矢だ。今日、黒井は何度も装着場に一人であらわれ、レースを一人で観戦していた。係留所に座り込んだり、控室近くの階段に腰かけたりしながら、神妙な表情をしていた。これがもう、声をかけづらい雰囲気なのだ。

 優勝戦直前にも、黒井はやはり装着場にあらわれた。今回は、隣に須藤博倫が座った。黒井が話しかける。

「ヤバイっす。ヤバイっす。絶対泣いちゃう……」

 敬愛する先輩が今日、SGを勝つ最大のチャンスを迎えた。獲ってほしい。なんとしても獲ってほしい。そう願っているうちに、黒井のほうが緊張しちゃったのだ。

 レースが始まる。隊形が決まる。スタート。1マーク。逃げたっ! 中澤和志が差してきていたが、須藤も黒井もそのときは誰が差してきたのかわかってなかったかもしれない。桐生が振り切った瞬間、須藤が「よしっ! 大丈夫っ!」と言ったのだ。埼玉支部としては、中澤が差し切っても万々歳のはずだが。2周目バックで須藤は「最高っ! 埼玉ワンツー!」とも叫んだから、2番手が赤いカポックだったと気づいたのはそのあたりだったかもしれない。

 

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 それはともかく、1周2マークを回った時点で、桐生の逃げ切りVはほぼ確定的になった。2周目1マークに桐生が向かっていくそのとき、黒井がたまらず涙を流し始めた。予言どおりに、黒井は桐生がまだ走っている真っ最中から、泣きじゃくっていたのである。

「自分の優勝でも泣いたことないのに、桐生さんの優勝で泣いちゃいました」

 桐生が先頭ゴールを決めて凱旋し、須藤とともに抱き合ったあと、やっと涙が止まった黒井に声をかけると、黒井はそう言って、また目を潤ませた。そのまま話し続けたら、たぶんまた泣き出していただろう。

 須藤が言う。

「これで自分も勝ちたいという気持ちが強くなりますよね。その意味でも嬉しいことです。僕も頑張らなくちゃいけませんね」

 今は感動しっぱなしの黒井も、明日にはきっとそんな思いになっているだろう。今頃新幹線で酒盛りしながら、すでにそんな決意になっていたりして!?

 桐生の優勝は、埼玉支部にも強烈な追い風を吹かせるものとなった。特に、現場で目撃し、感涙にむせんだ黒井にとっては、最大の刺激になったはずだ。

 

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 埼玉にとって最高の結果、ということも大きいだろう。中澤和志、2着。中へこみの隊形を利しての容赦ないまくり差しは、桐生に勝ってほしいと願いつつも、まだまだ自分も負けられないというレーサー魂の発露だっただろう。

 おそらく敗れた悔しさもあるはずだが、レース後の中澤はひたすら桐生を祝福していた。陸に上がるボートリフトで隣同士に収まると、桐生に向かってガッツポーズ! これからの埼玉支部を牽引する後輩が、ついにSGを制したことは中澤にとっても嬉しいことだろう。

 

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 そのほかの選手は、やはり悔しいだけの一戦である。仲口博崇はスタートで後手。まずそれが悔しくてならないはずだ。だから、ピットに戻ってきた直後の表情は硬かった。当然だろう。

 逆に石野貴之はトップスタートを決めたが、さすがに6コースは遠かったか。やるだけやったという充実感も少しは見えたような気がしたが、結果に納得しているふうはまるでなかった。

 

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 守田俊介も、やはり勝ちたかった一戦だろう。ピットに戻るとしばし装着場に立って、対岸のビジョンに移るリプレイに見入っていた。守田の場合は3番手を走りながら後退しているということもまた、悔しさを増幅するものだったかもしれない。

 

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 毒島誠は、ただただ目に怒りをにじませ、激しく呼吸していた。盟友である桐生が優勝したのである。自分が勝てなければ、次に勝ってほしいのは桐生だっただろう。しかし、敗戦の直後に、そんな気持ちにはとうていなれない。毒島はひたすら敗れた悔しさをにじませ、不機嫌な表情がしばらく収まらないでいた。もちろん、その後は、めちゃくちゃ祝福してましたよ。落ち着いてみれば、桐生の優勝は毒島にとっても嬉しいこと。ニュージェネレーションの仲間がSG覇者の仲間入りを果たしたことを、非常に喜んでいる様子であった。

 

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 というわけで、桐生順平、おめでとう! ピットに戻った直後の桐生は目が潤んでいたように思えたが、黒井の涙を見てのもらい泣きか、あるいは黒井の涙を見て泣けなくなったか(笑)のどちらかだろう。後輩がそこまで感動してくれたことは、たぶん桐生にとっては大きな力になったことと思う。

 桐生によれば、レース間の毒島との足合わせでまくられるかと思われるほどの迫力を感じ、急遽ペラを叩き変えたのだという(畠山は「優勝戦1号艇2号艇の足合わせはあまり見たことがない」と語っており、それを会見でぶつけていた)。それが結果的に奏功した。それがなくても勝てていたかもしれないが、腹を据えて叩いたということ自体も大きかったのだろう。

 13年オールスターとは、おそらくその点も違っていた。泣いてくれる後輩がいて、盟友とも言える仲間がいて、お互い刺激し合いながら成長していっている。ニュージェネレーションスーパースターズは、そのターンのスピードも凄いが、こうした切磋琢磨と信頼感がまた彼らを強くしているのだと思う。もちろん、埼玉支部全体の結束力も忘れてはならない。

 

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 ここでいきなり水神祭です! 参加したのは埼玉支部の3人と毒島。まさに桐生を支える、そして桐生から刺激を受ける面々が、桐生を横向きに抱えて、水面に放り込んだ。このスタイル、初めて見ます! カジキマグロスタイルと名付けさせていただきましょう。なんか大物を釣り上げたあとの釣り師さん、てな感じじゃないっすか?

 

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 で、お約束のように黒井もドボン! あ、須藤支部長も! 黒井はその後も何度も何度も落とされて、まるで主役みたいな扱いです。しかも、「あ、鼻血出てきた!」というオチをつけるという。涙も出るわ、鼻血も出るわ。もちろん、次は自分の水神祭で、それをやってください(笑)。

 

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 桐生順平、おめでとう! 次のSG優勝戦も緊張するかもしれないけど、もう何の心配もない。ますますSG制覇を重ねて、時代を築き上げろ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)