BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――ミスターの感慨

 負けて悔しくないヤツなど、少なくともこの大舞台にやって来る選手の中にはいない。相手が超抜・ミスターであろうと、全員が勝ちたいと思ってピットに入っている。

 それでも、優勝戦メンバーたちには笑顔が多く見えた。百戦錬磨だからこそ、敗れてしまったあとのふるまい方も知り尽くしているのか。あるいは、最後の最後まで足色の違いを見せつけられて、笑うしかなかったのか。

 

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 熊谷直樹は後者っぽかった。選手がレース後や足合わせ後によく見せる「手をボートに見立てて、足の差を表現する」動き。熊谷は東京支部の選手たちにそれをやってみせて、首を振りながら笑った。特に言葉を口にしていなかったようだが、心の声は「こんなに出てるんだもん。厳しいよ」という感じだったと思う。2コースということは、いちばん間近で見せつけられただけに、笑うしかない気持ちになっておかしくない。

 

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 北川幸典は、3周1マークで振り込んだことについて笑ってたな。というか、次々にその場面について話しかけられ、「もう~、完全に1回転だもん。勘弁してよ~」と、こちらは大声で笑っていた。1マークで展開を突けなかったことも悔しかっただろうが、その思いを最後の振り込みが塗りつぶしたか。悔いも残るレースだっただろうが、これだけ長く走れば、同じような経験は過去にもきっとしている。切り替えるすべも、もちろん知っているはずだ。

 

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 田頭実は、ピットに上がった時点ではやや硬い表情だったが、その後に満足そうな笑みを浮かべている。というのも、ともに優勝戦を戦ったメンバーから、そのレースぶりを称えられたからだ。「よぉ行ったねぇ~~」(スタートの話だろうか)「出ていってたよね!」(スリットからの行き足が軽快だった!)田頭はそれらの言葉にうなずきながら、目元をちょっと緩めたのだ。すごいよな~、コンマ08! F2の人のスタートではない。でも、F2の田頭実のスタートそのものだ。これが田頭実なのである。そして、展開を作ったのも田頭だ。果敢にまくって、見せ場を作った。これもまた田頭実である。それを称えられて、すこしばかりの満足感はあったか。僕も改めて、田頭実をカッコいいと思いました!

 

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 そして、倉谷和信はいろんな人に声をかけつつ、ニコニコしていた。田頭にかけた「よぉ行ったねぇ~~」は倉谷である。倉谷が巧かったのではあるが、その技巧を最大限に発揮できたのは、田頭が展開を作ったからでもある。その意味では、田頭にかけた言葉は賛辞でもあり感謝でもあったか。その後も倉谷は、笑顔をずっと見せていた。いちばん笑顔が深くなったのは、同期の藤丸光一に声をかけられたときかな。内容は聞こえなかったが、倉谷が何か返すと、藤丸は「ホンマ! ホンマ!」と言っている。藤丸が誉めて、倉谷がまたまたぁ~とか言って、藤丸がホンマやけん!と返す、という展開がしっくりくるのだが。だとするなら、倉谷の目も細くなろうというものである。

 

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 そうしたなかで、落胆の様子がありありだったのが、小畑実成である。本気で優勝したかった。絶対に優勝したかった。6号艇とか足の差などどうでもいい。すべてが終わってみて、敗戦で帰らなければならない事実に、小畑は落胆していたのだと思う。

 構図的には、朝とよく似ている。リラックスムードの4人と、精力的に動いた小畑。まず機力的な優劣があって、そのうえで小畑は自分の思いを調整作業に投影した。どこまで納得のいく、あるいは後悔が残らない上積みができたかはともかく、その思いが大きかった分、敗戦はより重い。それを受け止めようとする小畑の姿は、なんともせつないものだった。同時に、それほどのものを抱えて戦った小畑実成は、素敵である。

 

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 朝の構図と似てないものがあるとすると、今村豊だろう。

 完全優勝! いや~、やっぱり強い! 本当に強い! やっぱりミスターは最高だ! パーフェクトおめでとう!

 などと勝手に盛り上がって今村の凱旋を待っていると、ピットに上がってきた今村がやけに神妙なのである。笑顔もない。そのまま地上波放送のインタビューへと誘導される今村の背中を見ながら、「敗れた選手への気遣いもあって、はしゃいだりはしないのかな」「さすがにパーフェクトへの感慨があるのかもしれない」「ひょっとして、このモーターで中国地区選を優勝した弟子のことを考えている?」などと考えていたのである。表彰式のインタビューをご覧になった方も、神妙に見えませんでしたか?

 同じく神妙にあらわれた会見場で、今村は語っている。児島で勝つことにこだわりがあったのだ、と。今村にとって、児島は数少ない「優勝ゼロ」の水面。同じ中国地区なのに、なぜか児島では優勝したことがなく、そこに引っかかりを覚えていたというのだ。だから、「バックで、やっと児島で勝てる、とか思っちゃったんですよね」と感慨を覚えた。ちょっと目頭が……ということらしかった。

 

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 完全優勝よりも、史上最年長GⅠ以上の完全優勝よりも、プレミアムGⅠ優勝よりも、高山秀則以来のマスターズ2度目のVよりも、これで賞金ランクが上がったことよりも、児島での優勝に感動した、のである。それもまた、いろいろな意味で、今村豊らしいな、と思った。

 思えば、前回のマスターズV(11年常滑)の会見は、ミスター節が爆発していた。「まだ僕にはやり残したことがあるんです」「賞金王ですか?」「何言ってるんですか! 名人戦優勝ですよ! それを達成したのでもういつ辞めても……」「(報道陣爆笑)」みたいな。もう、この話を振った時点で笑わそうとしているではないか。今回は、そんなやり取りはなかった。ただただ神妙な今村豊がいた。まあ、ちょろちょろ何かを挟んではいたけど(笑)。

 ともかく、そんな今村豊もまた素敵である。今村豊という人のふところは、いったいどこまで深いのだろうか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)