BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――穏やかな空気のなかで見えたもの

 

 

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 終盤のピットは、わりとゆったりした空気が流れていた。作業を終えた選手も多く、またこのクラスはなにしろ仕事が早いから、前検日も含めて4日目ともなれば、ドタバタと動く選手は少なくなっている。

 

 特別な気合で臨んでいる山口剛も、特に作業をするわけでもなく、ピットにたたずんでいたりする。余裕を感じる雰囲気で、もちろん胸の奥にメラメラ燃えるものはあるはずだが、それがギラギラと発散されてはいない。穏やかに時間を過ごしている感じなのだ。いいメンタリティなのだなあ、と思ったりもする。空回りするほどに力が入っているわけではなく、絶妙に緊張と弛緩がバランスをとっている、というか。また、バチバチの気合が見えておかしくない山口がそういう様子なだけに、これが3日目終盤を象徴するような雰囲気なのかな、と思ったり。湿度が高まりベタベタした空気になっている宮島だけれども、ピットの空気はむしろ爽やかである。

 

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 そういえば、最近、岡崎恭裕とあまり話してないなあ、と思った。手持無沙汰な感じで控室へと歩いている岡崎を見て、だ。身体が勝手に動き、岡崎の前に立ちはだかる。自分の倍ほどもある巨体が突如行く手をふさいで、岡崎は一瞬、ぎょっとした顔になった。

 

 何のプランもなく近寄ったのだが、自然と前半レースの2番手争いの話を振っていた。あれは凄かったっすね~。そう言うと、岡崎はこう言う。

 

「あはは、もうあっちこっちフラフラフラフラとねえ」

 

 内に外にと相手を揺さぶり、最後にビシッと逆転してみせたその2番手競り。内に外にと、の部分が「あっちこっちフラフラフラフラとねえ」という言葉になったことで、ああ岡崎ってこうだったよなあ、と思い出したのだった。とりあえず自分を一段下げて、本音中の本音を隠そうとするのだ。

 

 12年チャレンジカップ優勝戦の前日、岡崎は「明日スタート行かなかったら、優勝戦というより、僕の選手生活に影響する」と言った。これは前年メモリアル優勝戦でFを切り、SGから1年遠ざかったことをふまえての言葉だ。「あれがトラウマになって、明日もスタート行けないんじゃないか」と考える人も少なくなかっただろうし、岡崎自身もいろいろと考えるところがあったであろう。そんななか、岡崎はそう言い切ることで決意を示したのだ。そう言い切る岡崎は珍しかった。

 

 ということで優勝戦の朝、その話を振ると、岡崎は「リップサービスですよ」と笑った。また、かつては優勝戦の日などには5Rくらいまでなーんも動いていなかった岡崎が、1R前にはモーターを装着していたので、それも突っ込むと「早く乗せて、あとはのんびりするんですよ。順番が逆になっただけです」とまた笑った。

 

 そんなわけないよね。今日のフラフラも含めて、岡崎の言葉はすべて、何かの裏返しのはずである。実は最近、ピットで見る岡崎はなんか元気ないなあ、と感じていたのだが、それも何かの裏返しかもしれないな、と思った。見当違いかもしれないけど、ただ岡崎はきっと大丈夫、と思ったのはたしかだ。今節は予選突破が厳しい状態、このごろSGでは結果を出し切れてもいないが、再爆発するのもそう遠いことではないだろう。番手争いの執念を見せられた今日、改めてそう信じる。あとは、本人にも言ったが、1マークできれいに岡崎らしい決定打を見せてほしい! できれば今節中に一度、ね。

 

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 終盤の時間帯は、レースも穏やかな結果だったと言っていいと思う。好調・山崎智也がイン逃げ。王者・松井繁がイン逃げ。強者が強いレースぶりで快勝したわけだから、配当的にもレース後の空気的にも、穏やかなのだった。

 

 何度も書いているとおり、山崎智也は負けたときに笑顔を見せることがある。悔しさを隠すために笑っている、と僕は睨んでいるのだ。このところ、決してそうとも言い切れない場面を目撃もしているが、逆に勝ったときに神妙な表情でいるところをよく見かけるのはたしかである。まあ、そういう選手はけっこう多いけど。ということで、今日の智也も神妙だった。いや、2着だった田中信一郎とちょっと首を傾げながら話しているタイミングもあったぞ。ともかく、智也らしい智也、だと思う。オールスターと同様に、である。

 

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 勝利をあげたあとの王者、特に王道のイン逃げを決めたあとの王者はとにかく圧倒的な貫録である。オールスター3日目、話題となった1R出走→イン逃げのあとは、意味深な笑顔だったり、複雑な表情だったりを見せていたが、今日のような12R1号艇で逃げ完勝、というときには、ただでさえ備わっている風格がぐぐぐっと増してくるように見えるものである。

 

 エンジン吊りのため、モーター架台を運んでいた松井に、田中信一郎が気遣いの言葉を投げかける。勝利者インタビューは今節、公開で行なわれており、1着選手はけっこう忙しく、特に12Rの選手は帰宿時間が迫っているから、ドタバタになったりもするだろう。そこで田中は、あとは僕らに任せてください、と松井にインタビュー行きを促したのだろう。そんな田中は率先して動いていたりもしたのだった。

 

 その言葉に松井はひとつうなずき、田中や他の後輩たちに、「悪いね。あとは頼む」とばかりにピッと右手を上げてみせた。いや~、王者! その姿があまりにサマになりすぎていて、さらに風格がグググンと増したように見えた。強者は何気ないしぐさで見る者を圧倒する。王者という言葉は、決して結果だけがもたらしたものではないのだろうな、と改めて思うのである。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)