BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――10年8カ月

 

 

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 帰り支度を終えた吉田拡郎が、顔をしかめて苦笑を浮かべながら、「いや~、ダメだったっすねえ」と声をかけてきた。惜しかった! 2着条件の3着という、あと一歩の結果。しかも道中は果敢にアタックしただけに、それが実らなかった悔しさは大きい。

 闘志スイッチを入れて臨んだ拡郎は、レース前にはやはり気合が顔に貼りついていた。ただし、カタさはまったく感じなかった。足色はともかく、メンタルはいい感じに仕上がっているのは明らか。勝負駆けを、空回りすることなく闘志全開で戦えるのは間違いなさそうだった。その証左のひとつが、トップスタートを決めたことだろう。僕がそれを指摘すると、拡郎は「ありがとうございます」と言った。結果は残念だったが、拡郎は拡郎らしく戦ったのだ。同期の宇野弥生のように。

 ただただ無念を口にしていた拡郎だが、「守田さんがハナ切ってくれたらねえ」と悪戯っ子のように笑った。そうしたらもっと展開あったのにねえ、と返す。そして爆笑。時間が経って、少しはほぐれてはきたようだ。それでも、やはり時折ふっと溜め息を漏らす。悔しさは寄せては引き、引いては寄せる。

 とにかく、拡郎は想いを胸に戦い、その想いを水面に投影した。最大限に表現した! 来年の拡郎はさらに強い想いを胸に、今年のリベンジを果たそうとすると信じる。素晴らしい戦いだったぞ、拡郎!

 

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 それにしても、その拡郎の想いを阻んだのが同期の石野貴之だから、皮肉というか因縁というか、ボートレースは面白い! 同期がガチンコで向き合い、手を緩めることなく斬り合う。真剣勝負の醍醐味が、ボートレースには詰まっている。

 今日、二人が喫煙所で談笑しているところを何度見かけたことか。それこそ、11R発売中というレース目前にも、二人して一服つけながら闘志を高めつつ、時に笑顔を見せていた。選手同士が仲良くする必要はない、という声がある。僕も同感だ。だが、仲良きことは美しきかな。なぜなら、ボートレースはそういう間柄の人たちが、時に真っ向から潰し合うドラマを見せてくれるからである。

 僕は見逃してしまったが、池上カメラマンによると、レース後の二人の間に会話はなかったが、しかし石野が拡郎を気にするそぶりを見せていたそうだ。拡郎の状況はともかく、競り合った二人なのだから、いろいろな思いはあるはず。まして拡郎の条件を考えれば、というのはレース後の石野にあってもおかしくない。そうした感情が生まれたとするなら、これはやはり素晴らしい戦いだったのだ! 石野にも絶賛の拍手を!

 

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 他の敗者では、守田俊介は相変わらず飄々、辻栄蔵も朗らかに淡々、といういつもの様子だった。そうか、今日は同期対決がふたつ、優勝戦にはあったんだな。一方で、僕の見る範囲、太田和美がかなり不機嫌な様子に見えた。青山登さんもそんなことを言っていた。自分のレースが何もできなかったという悔恨。結果はもちろんだが、見せ場を作ることができなかったことに対しても、不本意なものはあっただろう。納得のいかない敗戦の理由がそこにあるとするなら、やっぱりそれが太田の強さなのだと思った。

 

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 優勝は笠原亮だ。先頭でゴールしたときにはただただホッとしたというが、喜びを大きく爆発させることのないあたりは、彼らしいなと思う。僕は今日、地上波放送の解説をピットでさせていただいていたのだが、優勝選手はまずそのカメラの前に立ち、インタビューを受ける。そこにあらわれた笠原は、笑顔も見せず、むしろインタビュー苦手だなってな顔をしていて、やはり歓喜をあらわにはしていなかった。

 イヤホンを通して司会の荻原次晴さんが10年ぶりのSG制覇で、その間に苦しいこともあったんじゃないか、と質問したのが聞こえる。それに答え、家族や友人の支えがあったことを口にしていた笠原は、そのうちに目の周りを赤く染めはじめる。口調も危うくなり、涙をこらえているのが明らか。しかし、どう見ても瞳には涙が浮かんでいたし、言葉も涙声に乗っているのだった。

 地上波のインタビューが終わり、ついに笠原の涙腺は決壊している。次にJLCのインタビューが控えていたのだが、なかなか始められない状態だ。優勝戦1号艇で迎えた今日の笠原も、基本はいつも通りだった。レース後だってそうだ。しかし、胸の中には渦巻く想いが熱くたぎっているのだ。それが、ついにあらわになった。人前ではなかなか心中を見せようとしない笠原が、10年ぶりのSG優勝で胸の内を見せたのである。この優勝は、それくらい巨大な出来事だった。レースは完勝だったが、笠原にとっては10年分の想いが詰まった優勝なのだ。

 ウイニングランから帰ってきた笠原は、出迎えた僕を見て、ペロリと舌を出した。「泣いちゃいましたよ。もう、泣くはずじゃなかったのに。カッコ悪い」と言って笑った。何がカッコ悪いものか、笠原亮よ! そういうのは主義じゃないだろうけど、時には人前で感情を爆発させてもいいのだ。それが人々を感動させる。ファンを喜ばせる。それは笠原にとって、いちばん嬉しいことだろう。まあ、今後はいつも通りの笠原亮を見せることになるだろうが、今日の笠原亮は文句なしにカッコ良かったぞ。

 

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 このスポナビの前身であるSports@Niftyボートレース特集がスタートしたのは2005年5月(両方を通じて今年丸10年です! いつもありがとうございます!)。5月といえばオールスター。その前のSG、3月のクラシックを優勝したのが笠原亮。僕らは、笠原がSG初出場初優勝を演じた次のSGからこの現地レポートを始めて、笠原がSGを勝てなかった10年8カ月、SGやプレミアムGⅠに通い続けたのである。10年は長かったかという質問に、笠原は首をひねったりもしていたけれども、わかるわかる、あっという間の10年だもの。笠原の2度目のSG制覇までと、僕らのここまでのレポート活動はまるまるかぶっている。まあ、笠原には関係ないことだけど、僕らもこの優勝は嬉しいです! 僕個人としては、笠原はピットで会えばいつも、なんだかんだと話しかけてくれて、たくさんたくさん言葉を交わしてきたこともあって、やっぱり嬉しいです。

 ひとつ言えることは、僕らもここで終わるわけではないし、笠原もこれがゴールではない。僕らはまだまだ戦い続けなければならない。これからも勝手に戦友と思って僕らも頑張る。笠原は10年8カ月の何分の1かの期間で次のSG制覇を迎えられるよう、ますます奮闘してほしい。亮くん、やっとあなたの優勝をここで書くことができました。おめでとう!(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)