BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――勝負師の顔

 

 

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 2年ほど前、北九州は黒崎の「エビス屋昼夜食堂」で田頭実とバッタリ会ったことがある。田頭はその前日に下関で完全優勝を達成。「今日は自分へのごほうびなんです」とうまそうにビールを飲み干していた。僕はあちこちでエビス屋LOVEを喧伝しまくっていて、「ここに来たら黒須田さんに会うんじゃないかと思って」なんて嬉しいことを言ってくれたりもして。ちなみに、僕の地元での行きつけの店に、東京遠征の際には前泊して訪れているそうだ。酒場の嗜好が僕と田頭は似ているようである。それはともかく、僕らはいろんなことを話した。レース場ではきっと話すことはないであろうことも含めて。

 その後、一般戦のピットで会ったことがある。平和島だ。その日のレースを終え、帰宿バスを待つ間に、田頭は笑顔で話しかけてくれた。「エビス屋行ってます?」に始まり、雑談に近い会話だ。もちろんその節の調子についても話したと思う。レース後ということもあって、実にリラックスした雰囲気だった。気分が高揚した僕は、その夜は田頭も訪れたことのある行きつけの居酒屋で美味い酒を呑んだ。

 

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 そんな経緯があったから、昨年のマスターズで久しぶりに会ったときに僕は少々驚いたのだ。挨拶をすると、田頭は軽く会釈を返しただけで通り過ぎた。節間通じてそうだった。その後にはSGでも顔を合わせたが、同様だった。今節もそうだ。前検日のレース場入りの際にもちろん挨拶を投げたが、昨年と同じだった。もっとも、もう驚きはしない。僕はそれを「勝負師モード」と判断した。エビス屋での田頭、レース後の田頭と、これから戦いの場に乗り込む田頭が違っていて当然。むしろ、スイッチの切り替えをしている田頭を素敵だと思った。いや、正直に言えば、BOATBoyの記事などで怒らせたんじゃないかという心配もあったけれども、ピットで見るレースに臨む前の田頭の目つきを見れば、オンとオフの違いというものを信じられた。

 田頭は優勝会見で言っている。「スタートをいかに攻められるか。全速で行って、1マークでまくって展開を作るというのがレーススタイル」。田頭が見せてくれる走りそのものだ。それはまさに“気持ちのレース”である。田頭は気持ちで走る、と言い換えてもいいだろう。レースを控えた田頭が、他を寄せ付けないような雰囲気になるのはある意味当然である。レース直前であっても、前検という広い意味のレース前であっても。もちろん、話しかければ柔らかく応えてくれただろうと思う。それを特にしてこなかっただけだ。田頭の力強い表情が見られればそれで十分。僕はなんとなくそんなふうに思って、田頭を見てきた。

 

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 実は今日、少し驚くことがあった。去年のマスターズとは逆の意味だ。展示ピットにボートを移動しようと係留所に降りていく手前で僕に気づいた田頭が、柔らかく微笑んで会釈をしてきたのだ。昨年のマスターズ以降、その表情がこちらに向けられたことはなかった。優勝戦の時間がかなり近づいたタイミングだから、なお驚かされた。そしてその瞬間、どうしてそう思ったのかはわからないけれども、田頭が勝つんじゃないかと確信めいたものが僕のなかに沸いてきたのだった。

「準優進出戦と準優の1号艇がすごくプレッシャーでしたね。今日が1号艇だったら、プレッシャーに負けてたかも。だから今日は一日、リラックスして過ごせました」

 戦いのプレッシャーを背負い、1号艇なら絶対に負けられないプレッシャーをさらに背負い、それを乗り切っての大一番で、田頭を己を解放することができたのか。ならば、あの微笑の意味が納得できる。もちろん気合は入っていただろうし、レースもまた気合が伝わるレースだったが、それも含めて、優勝戦前にはさらに一段上のメンタルにもっていく。あの微笑を見たとき、僕はたしかにそんなことも考えたのだった。

 見事に優勝して凱旋した田頭は、ベルトコンベアに乗せられたかのように、次々と優勝者の行事をこなしていった。地上波放送のインタビューでは、嬉しさ半分、半信半疑半分、というようなことを言っていて、頬がわずかに緩む程度だった。着替えを終え、表彰式へと向かおうとしたとき、僕は田頭に「おめでとうございます」と言っている。すると田頭は、ぱーっと目を見開き、満面の笑顔を浮かべた。「ありがとうございます!」と言った田頭の表情は、エビス屋で見た田頭のそれとほぼ同じだった。いや、表彰式や優勝会見でレースについて尋ねられれば、勝負師としての言葉を返すのだから、まったく同じであるわけがない。しかし、戦いを終えて、しかもプレミアムGⅠ優勝という結果で終わらせて、勝負師の顔になる必要はもうない。一節間ピットで見てきた田頭の表情が、やはり勝負に懸ける思いだったのだということを、改めて確信した瞬間だった。多かれ少なかれ、ボートレーサーはみな田頭のような顔をもつ。それを田頭は今日、あるいはこのマスターズで鮮明に見せてくれた。勝負師のありようというものを、田頭は力強く表現してみせたのである。

 

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 敗者に関しては、苦笑いだったり、首をひねったり、という表情が多かった。スタートがみな思いのほか遅かったということもあっただろうか。今日は午後から急に向かい風が強くなり、安定板も装着されている。びわこはレース間のスタート練習を行なっておらず、スタート展示でしかスタート勘を確認できない。そのスタート展示で、田頭、西島義則、今村豊が1艇身以上のフライングを切っている(今村は展示からあがる際、何か叫んでいた。「こんなん聞いてねえよ~~」と聞こえたが、果たして)。他のどのレースよりフライングできないGⅠ優勝戦。本番のスタートにはみな必要以上に神経を使わねばならなかった。スリット写真を見れば、苦笑いのひとつも浮かんでくるだろう。

 

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 そんななかで、西島義則がやはり硬い表情に見えた。今節、気合満点、迫力満点だった西島。最後の最後で、もっとも悔しい負け方をしてしまった。思いが強かったからこそ、敗戦の痛手は大きくなる。しかし、一言で言って、カッコ良かったぞ、西島義則。次に西島に会えるのはボートレースオールスター。そこでも覚悟を決めた走りを見せてくれるだろう。SGでカッコいい西島を見られるのが最高に楽しみだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)