BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――12年目のヴィーナススマイル

 

 

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 レース直前、海野ゆかりは実に気合のこもった表情をしていた。……と思ったら、会見で「意識して厳しい表情をしていました。余裕がなかったですね。(進出戦、準優と)2回イン逃げして、いいところがなかったので、それを考えたら不安要素が出てきて」とのこと。あれは気合ではなかったのか。ただ、何にせよ、海野は心中をストレートに表に出していたということではある。大事なのはそのことで、プレッシャーに潰されまいと努めて落ち着こう、落ち着いているように見せようとするよりも、よほど“平常心”で臨める状態だと僕は思う。実際、レースはお見事。今井美亜の奇襲を慌てず騒がず捌き(ツケマイを想定していたとのこと)、小野生奈が差し迫ったと見るやすかさず絞め切り、2マークも確実に先に回って、完勝の逃げ切りだった。1号艇の重圧などどこ吹く風と強い勝ち方を見せた海野は、何よりもしっかり心を整えたことで力を存分に発揮できる状況を作ったのだと思う。

 前回の戴冠から12年。誰もが認める女子一線級の存在でありながら、2度目の優勝には暦1周分がかかった。海野は「近そうだけど、難しいタイトルだと思った」とこの12年を振り返っている。常に優勝候補の一角と目されながら、手が届かない。それをレディースチャンピオンのたびに痛感してきた12年である。その12年前の優勝戦、海野の登番はメンバー中で下から2番目。今回は自身がもっとも古い登番で、もっとも若い登番は35期も後輩の今井である。その事実を見ても、海野がその間に臥薪嘗胆の日々を送ったことは実感される。それがまた、海野に何かを与えたということもあるだろう。そう考えると、この女王戴冠は尊い。

 

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 海野の快挙をもっとも喜んだのは、苦楽をともにした仲間たちだ。同期の岩崎芳美は号泣。1期違いの水口由紀、中里優子は両手をまっすぐ上にあげて、何度も跳ねていた。海野は「友達にアドバイスをもらった」という表現を使ったが、もちろん彼女たちのことだろう。忘れちゃいけない、同支部の角ひとみもその輪のなかにいた。海野にとっては先輩だが、広島の両雄として支部の女子を支え、女子戦線もともに奮闘してきた。かけがえのない存在が、ピットに上がった海野を出迎える。海野はただただ笑いながら、彼女たちと抱き合っていた。海野も泣くかな、と思ったら、「嬉しすぎて笑っちゃいました」とのこと。瀬戸内のヴィーナスには笑顔が似合う、ということだ。

 次の目標はもちろん、暮れのクイーンズクライマックスということになるわけだが、個人的にはこれで権利を得た来年のクラシックが楽しみである。海野はSG参戦22節、オールスターは常連となっているが、なんといまだ予選突破なし。その殻を何としても打ち破ってほしいのだ。12年の間にはもちろん成長もあるだろうし、「若い子に負けないように、先輩に追いつけるように、これからも頑張りたい」というのだから、さらに伸びしろはあるはずである。2度目の女王となった海野がSGで躍動するのを見たい。もちろん、同一年女王二冠という偉業を達成してSGに臨むのも期待しよう。

 

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 2着は小野生奈。差して海野に迫っているが、舳先をかけるまでには至らなかった。レース後は笑顔なし。表情はとことんカタかった。それでいいのではないか、と思う。2着で良し、ではない。勝利しか見つめていなかったからこその、その表情だ。また必ず立つであろうこのステージで、小野はきっとまた、純粋に優勝だけを狙うレースを見せてくれるだろう。

 

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 3着は田口節子。レース後の表情は、どこか呆然としているように見えた。今井のツケマイ策をまるで想定していなかったそうだ。握って攻めようとしたとき、今井の航跡が完全に重なった。これで万事休す。追い上げて3着はお見事だが、しかしそれで満足できるはずがない。今井のまくりを読めなかったか……そんな思いであの1マークを反芻し、悔しさにまみれるしかない。

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 4着は遠藤エミ。5着は今井美亜。レース前、最後の最後、ギリギリまでペラ調整を続けていたのが遠藤と今井だった。二人ともほぼ同時に調整を切り上げ、展示ピットにボートを移動しているのだが、それはかなり遅いタイミングだった。ちなみに小野生奈もその数分前に展示ピットに移動。100期以降の若手3人が、とにかく最後まで粘って調整をしたことになる。残念ながら、その思いは報われなかったが、ナイスファイトと称えたい。特に今井は、レースをダイナミックに動かしたのだ。このレースの裏MVPがいるとするなら、今井美亜で間違いない。二人とも、やはりタダモノではない。

 

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 そして6着に敗れてしまったのは、中谷朋子。初めてのレディチャン優勝戦で苦杯をなめることになってしまった中谷は、他のメンバーから声をかけられると笑顔を返していたが、ピットに戻ってきたときにはどこかやるせない表情で、悔恨を噛み締めているようだった。もちろんこのままで終わらせるつもりはないだろうし、終わらせてもらっては困る。中谷のレディチャンデビューは16年前。海野の2度目の戴冠の12年も長いが、中谷はもっと長く悔しい思いをしてきた。そしてつかんだ初優出。これがキャリアハイになってはおかしいし、これがむしろ本格化のスタートのはずだ。中谷の今日の雪辱はいつになるか。期待して待ちたいし、そんなに長くはかからないと信じる。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)