9レース。逃げ切り勝ちをおさめてピットに帰ってきた辻栄蔵がヘルメットを取ると、安堵の表情が浮かんでいた。
初日に6コースから1着、2日目に5コースから1着、外枠で勝ち星をあげた好機――辻自身が「伸びは負けることがないくらいいい」と賞賛するエンジンを駆るが、準優には若干の不安もあったようだ。
「準優であまり大きなこと(整備)をやりたくなかったので今日は微調整だけ。点数をつけるなら100点ですが、結果的にちょっと乗りづらかったかなという気もします」
レース後に辻はこう語っている。微調整で関門を乗り切ることができた安心感が、レース後に強く表に出たのだろう。
「インパクトのあるレースがしたいので、明日はやれることは全部やりたい」
本日のピットではほとんど目立った動きがなかった辻だが、明日は早い時間から忙しく動き回ることになるかもしれない。
水面からあがってきた前本泰和は、3着の山口剛とともに笑みを浮かべていた。優勝戦に進めなかった山口には口惜しさもあったのかもしれないが、レースをやり切った上、同県の先輩に屈したのだから納得できる部分もあるのだろう。
初日、2日目に外枠からド派手なレースをした辻と、4日目と準優勝戦で外枠から鮮やかなレースをした前本。9レースは広島勢の3人が、ワン・ツー・スリーフィニッシュを決め、辻と前本が優勝戦へ駒を進めた。
峰竜太の笑顔がまぶしい。ただし辻と同じように、勝利に対する歓喜ではなく、安心感からくる笑顔に感じた。
「ほっとしましたよ。ほんの少しだけペラが合ってなかったので、ちょっと緊張しました。よく緊張するほうなので(笑)」
勝利後のインタビューでこのように語った峰。しかしレースだけを見れば緊張などみじんも感じさせない完璧な内容だった。他艇を出し抜くトップスタートから、さらに艇を伸ばしての逃げ切り勝ち。外の艇はなすすべがなかった。
「前みたいに緊張して失敗することはない。強くなっていますからね」
胸を張って答える姿に心強く感じた。ファンやマスコミが何度も繰り返した「今度こそ」。その「今度こそ」が明日やってくる公算は高そうだ。
「超うれしいです」
丸岡正典は幸運を感じていた。
詳しくは畠山のレース回顧に譲るが、バック5番手から1周2マークを先マイすると、小野生奈が外へ流れて3番手に浮上。さらに、3番手キープのつもりで2周1マークで外を回ったら、茅原悠紀が振り込んで2番手に浮上。正直、タナボタのような優出である。
ただし、ここまでやるべきことをやってきたという自負はある。
「初日はそこそこ、2日目は失敗したけど、3日目に方向性がわかった。エンジンの素性を考えれば100点。明日は気楽に思い切ったレースをしたいですね」
11レースを制したのは意表を突いた3カドから差し切った井口佳典。
「展開一本ですね。(3カドは)ちょっとでもみなさんのメンタルがブレればと思って。S行ってまくる気でおったら(遠藤に)先を越されたんで」
井口が3カドを選択するのは、15年9月の多摩川GⅠ以来だという。作戦が奏功したのかどうかはわからないが、少なくとも展開は引き寄せた。
「エンジンは仕上がってます。明日も乗ってみて微調整でいきます。3カドはバレてるんで、スローやと思いますけど(笑)」
微調整といいながらも、井口は今日も遅い時間までペラを調整していた。細かい調整を重ねて、バチッとハマる形に仕上げ切ったから、手に入れられた優勝戦の椅子である。
「ツイてましたね」
坪井康晴の優出インタビューの第一声もこれだった。たしかに展開の助けもあったが、初日6着4着という絶望的なスタートから、コツコツと着を積み重ねて予選18位に滑り込み。そして優勝戦に進出したのだから、さすがの安定感である。
敗れ去った者たちの話も書こう。印象的だったのは、小野生奈、遠藤エミ、篠崎仁志の3人だ。
10レース終了後。
「惜しい。差しとったら……」
竹井奈美が呟きながらエンジン吊りのためリフトへ向かう。
竹井が「惜しい」といったのは、小野生奈の1周2マークのターンのことだ。丸岡を行かせて差せば2着の確保は手堅く見えた。おそらく明日の新聞には「女子選手SG優出」の文字が躍ったことであろう。しかし、小野はここで握ってしまった。陸の上からは何とでもいえるが、判断ミスである。
ピットに帰還した小野は、全身で口惜しさを噛みしめているようだった。小さな体がさらに小さく見えた。
遠藤エミは、心ここにあらずという顔だった。おそらく終わったばかりのレースを振り返っているのだろう。2コースから豪快にまくりを打ったものの、サイドかからず豪快に外へと流れて大敗した。「もっとしっかりとしたターンをしていれば」、「差していれば」、いろいろと考えることはある。
今シリーズを引っ張った篠崎仁志。予選トップ通過で、準優を逃げ切れば、優勝戦1枠を手に入れることができたのだが、遠藤の引き波にハマって6着に敗れた。
ピットに戻ってきた篠崎は、気丈でいようとするが、顔には口惜しさをにじませていた。
「峰さん。がんばってください」
明日の健闘を同じ九州の先輩に託す。しかし峰も複雑な表情で、
「うん」
と答えるのが精いっぱいだった。
健闘むなしく準優に散った若手3人だが、結局は悔しい経験を積み重ねて、人は成長する。三者とも一節間のあいだにたくさんの見せ場は作った。しかし今度は見せ場だけで終わりたくはないはずだ。もう一回り大きくなって、SGの舞台に帰ってくるのを楽しみにしたい。
(こぼれ話1)
11レース終了後、展示ピットの不具合で、12レースのスタート展示が行なえないトラブルがあった。それを受けて石野貴之が、
「これでレース打ち切りや。やっぱり無冠の帝王やで!」
と峰をはやし立てる。
「それはないでしょ!」
と峰は苦笑い。
(こぼれ話2)
レース後の井口佳典を松井繁が、
「3カドに引いてるんやからまくれや!」
とはやし立てる。たしかに3カドのセオリーはまくり。しかし井口は、
「あの上イケます!?」
正直、あの遠藤のまくりの上を叩くのは無理です(笑)
(TEXT/姫園 PHOTO/池上一摩)