BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――64年ぶり徳山SG=地元勢の奮闘と白井英治の涙

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 8R発売中、白井英治と顔を合わせたとき、彼は「万全」と言い切って目元を緩めた。あとは自分との戦いだけか、と思ったその刹那、白井が口を開く。「あとは自分だけ、だね」。心の声が聞こえたか、と驚いたほど、そのタイミングはどんぴしゃだった。本人がそういうのなら、こちらが心配することは何もない。重圧はあるだろうが、きっと押し潰されない。勝つんだろうな、と信じられた。

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 勝って戻ってくることは確信できていたが、まったく予想できなかった出来事が起こった。Vゴールを果たしてピットに戻った白井は、まず地上波中継のカメラの前に立っている。出演させていただいた僕は、その後のリプレイ解説のスタンバイをするべく、モニターの前に向かった。そのとき始まったインタビューの音声が、イヤホンを通して耳に届く。腰が抜けそうになった。白井が号泣していたのだ。声は完全に涙声で、言葉を詰まらせるというレベルではなく、しゃくり上げている。白井が泣いた!? 4年前のSG初優勝となった若松メモリアルでも泣かなかったのに!? いや、あのときはグッとこらえていたように思えた。涙は見せるまい、と考えていたようだった。なのに今日は、まったくこらえられずに、泣きじゃくった。会見では「峰(竜太)より泣いてるみたいで恥ずかしかった」と照れ笑いしていたが、涙にくれる白井を見ながら「峰竜太かい!」と心のなかで突っ込んでいたのはワタシです(笑)。だって、そう考えていなかったら、もらい泣きしちゃってリプレイ解説にならなかったかもしれないから。

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 一方、寺田祥は敗れた。白井が泣き声を漏らすちょっと前に、寺田を含めて5名の敗者が一団となってカポック脱ぎ場へと向かった。ヘルメットをかぶったままの5人だったが、茅原悠紀、桐生順平、長田頼宗、山田康二はインの白井にあのレースをされたら仕方ない、ということなのか、表情は淡々としていた。それ自体が悔しさの表現ということなのかもしれないが、露骨に顔をしかめるような選手はいなかった。そんななかで、寺田の目元は下がっていた。笑っているようにも見えるその顔つきには、明らかな脱力感が漂っていた。つまり、寺田ははっきりと悔しがった。盟友・白井が優勝した。しかし、そこに本当にいたかったのは自分自身だった。その瞬間はきっと、白井への祝福は頭になかったと思う。ただただ悔しい。その思いしかなかったと僕は確信する。

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 表彰式ではサプライズが用意されていた。今村豊と寺田が祝福のためにステージに登場したのだ。今村は超超ハイテンションで白井を称えていたが、こうも言った。「このグラチャンを引っ張ったのは、寺田祥なんです!!!!!!!!」。2日目に暫定トップに立ち、そのまま予選トップ通過を果たした寺田は、たしかにシリーズリーダーだった。徳山グラチャンを牽引した。白井はもちろんヒーローだが、寺田もヒーローだったのだ。
 1周2マーク、寺田は最内の4番手から猛然とターンマークを目指し、2番手を争っていた茅原と桐生を制して先マイしている。これは交わされるのだが、そこには明らかな意思が感じられた。白井の優勝はハッピーエンドだが、地元ワンツーという完璧なハッピーエンドを狙ったのか。いや、それにより2番手に取りつき、白井を猛追しようとする勝負手だったのか。いずれにしても、あの2マーク先マイは、この優勝戦のもうひとつの名場面である。

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 で、今村は表彰式では、「これから白井と寺田が山口を支える」的なことを散々言いつのり、二人を猛プッシュしていたのだが、自分のことを忘れてるんじゃないですか、ミスター! 後輩に任せてる場合じゃない。まだまだ今村豊にも頑張ってもらわにゃ困る。
 今村は、白井が先頭でゴールすると、速攻で白井が戻ってくる場所に降りていって、白井を称えた。2マーク寄りの岸壁に詰めかけたファンに向けて、白井の腕を持ち上げて拍手を促す。さらに、白井がインタビューを受けている間は、ファンに向かって延々とバンザイを繰り返す。超超超ハイテンション(笑)。そして、ピットへと駆け上り、寺田をねぎらった。白井が「今村さんに支えられた」と振り返るとおり、たしかにミスターがハッピーエンドの影の立役者だ。
 しかし、次は白井と寺田に支えられる瞬間があってもいいだろう。なにしろ、ミスターにはSG最年長優勝記録が常にかかっているのだ。記録更新を決めてみせるミスターをぜひ見たい。

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 ほとんど「今月の山口支部」オンリーになってしまったことをお許し願いたい。徳山64年ぶりのSGという歴史的一戦。誰が勝ってももちろんハッピーエンドには違いない。だが、地元の“スーパー一大事”に強い思い入れをもって臨み、その声援を受けて涙の優勝を白井英治が果たしたことは、とびきりのハッピーエンドである。
「昨年の下関チャレンジカップは、もしかしたら勝ちたいという気持ちが足りなかったかもしれない。でも、今回は気持ちが入ってました。優勝しかない、それだけを思って臨んだ一戦でした」
 まさに「気持ちが伝わってくる」スペシャルな優勝。そして山口勢の奮闘。64年ぶり徳山SGは、地元勢の強い決意と白井英治の涙によって記憶される、これまたスペシャルなSGとなった。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)