ピットに帰ってきた峰竜太は、やはり目を赤くして泣いていた。両脇を愛弟子の山田康二と上野真之介に抱えられるが、なかなか立ち上がれない。1分47秒1のレースに精魂を使い果たしたかのようだった。
峰は自他ともに認める悲運のレーサーだった。こまで何度、手のひらに入っていたSGタイトルを溢したことだろう。他の追随を許さない旋回力と整備力を持ちながら、SGを取りこぼしてきた原因は緊張にある。
前半のピットレポートで「緊張しているように見えた」と書いたが、本人曰く今日も相当に緊張していたという。
「今までで一番のプレッシャーを感じていました。ピットにいるときに不意にスタートでFを切るイメージが沸いて出たり、ペラを叩いていると回転を止めたらまくられるんじゃないかと突然思ってしまったり」
そのとき助けになったのが、愛妻が家を出るときに授けてくれた言葉だ。
(笑顔が幸運を呼ぶよ)
その言葉を思い出した峰は、ピットで笑顔を作りはじめる。午前中は押し黙っていた峰だが、午後は選手や記者と談笑している姿が見られるようになった。傍から見ているとぎこちない笑顔だったが、笑っているうちに、峰の気持ちは不思議と和んできた。
優勝戦は深起こしのチキンレースになる。
「進入が深すぎてちゃって、ワケわかんないまま回っていました。あっという間に1マークで、気がつくと回り終わっていた」
しかし、菊地が好スタートを切って姿が見えた分だけ、峰は瞬間的に握った。それで艇が返った。もしも菊地が見えていなければ、落として回っていたため、まくられていたかもしれないと振り返っている。
1マークを押し切ると、今度は周回数がわからなくなった。ゴール線を過ぎてガッツポーズをした後、後ろを走る毒島を見て、
「あ! あと1周あるのか!?」
と勘違いもしたという。
要するに、今日の優勝戦でも、今までの峰が失敗してきたポカらしいことは起こっていたのだ。しかし、それが今日はそれがレースに響かなかった。むしろいい方向に作用した面もある。これまでレース前に張りつめて、レース後には泣いて、泣いて、泣いてきた峰。しかし笑う門に福がやって来たのだ。
「峰竜太がボート界のナンバーワンだと言われるような選手になりたい」
これが現在の目標。ファンに称されるだけでなく、自分自身でもそう強く自覚できる選手になりたいという。
平成のボートレースの顔といえば、初期はモンスター・野中和夫が担い、それが中期には艇王・植木通彦や王者・松井繁へ移り、後期は銀河系とニュージェネが入り乱れる大混戦になって顔らしい顔はなかった。
これまで「ボートの顔」と呼ばれた選手たちはみな、触れれば斬られるような鋭さ、いや触れることさえ躊躇われるような恐さを備えていた。
新元号のボート界の顔を目指す峰竜太にはそれがない。ターンはキレキレだが、嬉しいときはニコニコと笑い、他支部の選手の優勝にもらい泣きをしてしまうような選手だ。
「ダサいヒーローかもしれませんが……」
と本人は言うが、そんなことはない。むしろ強さと優しさを兼ね備えた、新しいヒーローだと思う。、
「今は自分が強くなっていることが日ごとにわかる」
という峰。自他ともに認める新元号のボート界の顔になれるよう、これからもファンを興奮させるレースを魅せ続けてほしい。
嬉し泣きの顔も心を打つのだが、今日の優勝を呼び込んだ、キュートな笑顔ももっと見たいぞ。
(PHOTO/池上一摩 TEXT/姫園淀仁)
【水神祭】
一連のセレモニーと取材が終わった後、真っ暗な住之江水面で峰竜太の水神祭が行なわれた。
誰が担ぐのかと思いきや、結局は峰と愛弟子二人がセルフで水面にジャンプ!
さすがに真冬の水は冷たい。ガッツポーズをした後すぐに陸に上がったのだが、
「カメラ撮れてない人いるやろ!」
と湯川浩司がはやし立てる。
すると峰ら3人はもう1回セルフで水神祭。すぐに上がったのだが、今度はカメラマンから
「もう1回お願いします!」
の声が。結局、この寒空の下3回も水に飛び込む峰一門であった。
嬉しい優勝とともに、この冷たさも心に残ったことでしょう。