BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――あふれ出る思い

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 目に見えないパワーが……。率直な感想をと問われて、嬉しいですとかホッとしましたとかではなく、吉川はいきなりそう口にしている。そして……吉川は絶句した。瞳からはあふれて止まらない涙。時が止まる。記者会見場は誰もが声を発せなくなった。いったいどれくらい、静寂のなかにあっただろう。吉川がしゃくり上げる音、ようやく絞り出す「すみません」という声が聞こえてくるのみ。そこにカメラマンのシャッター音が重なる。いったいどれくらい、そんな状態が続いたのか。それは数分にも感じられた、重い時間だった。

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 その前に競技棟で行なわれた表彰式でも、吉川は同じ言葉を口にしていたのだ。目に見えない力が後押ししてくれた、と。そのときは笑顔だった吉川。しかし、会見では一気に思いがあふれ出てきた。止められなかった。「今回、いろいろあったんで……」、そう言ってふたたび絶句。そして、「いい報告ができたと思います」と涙声で言った。

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 レース後はひたすら笑顔だったのだ。兵庫勢に出迎えられて笑顔。テレビのインタビューを終え、レスキューに向かう際にも笑顔。今日は、スタンドに観客はいなかったけれども、ウィニングランが行なわれている。レスキューの上でも笑顔。誰もいないスタンドに大きく大きく手を振りながら、やはり爽快な笑顔を見せていた。「(テレビ等で見ているファンに)伝わると思って手を振りました」。レース場には来られなくても、応援してくれていたファンへの感謝の気持ちだ。今日もどこからか聞こえてきていた「頑張って」の声。スタンドは無観客でも、その声が見つめてくれているファンをやはり実感させたのだろう。そうしたファンに向けて、吉川は心からの笑顔を見せていたのだ。

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 いろいろあった……2月に亡くなった松本勝也さんは同じグループで、「実の兄貴みたいでした」という大切な存在だった。エース機を引き、それが仕上がり、結果的に優勝戦1号艇を手にして、これは自分だけの力ではないと感じた一節。松本さんの顔が何度も脳裏には浮かんだことだろう。恩返しできないまま迎えてしまった永遠の別れ。しかし、吉川の心には永遠に生きている松本さんの存在をパワーに変え、きっと喜んでくれていると確信できる、見事な優勝を果たしたのだ。うん、松本さんは必ず喜んでくれている! あの優しい笑顔で、吉川を見つめている。僕などが、これこそ恩返しなどというのはおこがましいにも程があるが、吉川が何かを成し遂げたのは間違いないと思う。

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 そして吉川は前を向く。去年もクラシックを制して始まったSGロード。さらにオールスターを優勝し、賞金レースを牽引しながら、毒島誠に抜かれ、最後は石野貴之がすべてをかっさらっていった。あの悔しさを今年は味わいたくない! もちろん狙うは黄金のヘルメットだ。「去年は悔しかったから、やっぱり住之江で勝ちたい……ん? 今年は平和島か。平和島でも勝ちたいです(笑)。僕、博多でグランプリ獲らせてもらってるんで、よそ(住之江以外)のほうがいいかもわからんね(笑)」。最後は笑顔で締めくくられた会見。その笑顔を、ファンにも、松本さんにも、たくさん届けられる1年であれ!

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 敗者についても少し。坂口周は、運が悪かったというしかない。午後になって新プロペラに交換となり、必死にペラを叩いた。試運転にも飛び出ていった。駆け足でペラ室に戻り、また叩いた。しかし、時間が足りなさ過ぎた。仕上がり切れないままレースを迎えてしまったことは、結果ももちろんとして、不本意であっただろう。だが、それも己の責任と受け止め、これでグラチャンの出場権を得たのだと前を向いた。宮島で、またその雄姿を見るのを楽しみにしたい。

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 吉川昭男は準V。結果として吉川ワンツー! レース後はメダル授与式の準備があるので、すぐに控室に戻らなければならなかったが、ギリギリまで対岸のビジョンでリプレイを見つめていた。反省点も悔しい展開も、思うところの多い一戦となったか。吉川もグラチャン出場権ゲット。また大暴れを見せてほしい。

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 着外となった柳沢一、福来剛、守田俊介の3人は、粛々とエンジン返納作業に取り掛かっていた。特段悔しがっている素振りは見えなかったが、もちろん腹の中は別である。なかでも福来は地元戦だ。やはり思うところはあるはずだが、これもいい経験になったと思う。何より、選手班長の大役、お疲れ様でした! それをこなしての優出、価値ある一節だったはずだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)