BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――涙のカムバック

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 ピットに戻って、西村美智子らの祝福を浴びた平山智加は、ヘルメットをかぶったまま、そっと涙を拭った。
 すでにクイーンズクライマックスは獲っている。尼崎周年で、男女混合のGⅠも優勝しているのだ。デビュー前から獲りたかったという、女子レーサーにとっての大きな大きな目標であるレディースチャンピオンであっても、実績十分の平山にとってはもはや通過点ではないか。そんな先入観はたしかにあった。
 だから、平山の涙には驚いたし、またあの1号艇で敗れた優勝戦の数々に平山が抱いてきたであろうさまざまな思いが胸に迫った。3度目の1号艇で敗退したのは7年前、月日は経っているけれども、その間に産休を挟んだりとさまざまな出来事を経験してきたなかで、平山の思いは熟成されていったのかもしれない。紆余曲折という言葉が正しいかはともかく、いろいろあってついに平山の念願は結実した。これはもう、ひたすらおめでたい優勝である!

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 ニコニコと嬉しそうに平山を見つめる山川美由紀に、日高逸子がはしゃぎながら「泣いてる? 泣いてる?」と駆け寄った。そんな日高にさらに目を細める山川。そこに、松本晶恵があらわれる。勝利者インタビューを終えた平山を見つけると、堅く抱擁。98期の同期生であり、盟友でもある二人がこの歓喜を分かち合った。松本は、平山の胸中をいちばん知り尽くしている一人であろう。松本も感極まった表情を見せ、平山は松本の直球の思いを受け止めた。その様子を見ながら、他の選手も拍手を送る。
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「決めてたの?」「半々です」

 そんな記者会見のようなやり取りも、平山と山川の間で起こったりした。そう、意表を突いた1マークのツケマイだ。優勝だけを狙うのであれば、この手は確かにあった。平山は両方の武器を懐に携え、スリットから1マークの隊形などから瞬時の判断でツケマイのほうを繰り出した。山川にとっても意外な一手だったのだろう。平山のその説明を聞く間、山川はさらに嬉しそうに笑っている。大先輩のそんな表情で、平山も完全に笑顔になって、弾むようにウィニングラン、表彰式へと向かうのであった。

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 大チャンスの1号艇、モノにできなかった守屋美穂はどんな思いで戦いを終えたことだろう。と思っていたら、意外とサバサバした様子なのであった。他選手たちとレースを振り返り際には笑顔も見えている。正直、その胸中については判断がつかなかった。なにしろ、守屋以上に、寺田千恵や堀之内紀代子、田口節子らが本気で悔しがっていたのだ。モーターから燃料を抜くのを待つ間にレースを振り返っていたが、神妙な表情をしているのはむしろ先輩たちであって、やはり守屋は透明感すら覚える雰囲気で言葉を返していたのである。悔しさがないはずがないとは思うのだが……、もしかしたら守屋の視野はこちらが考える次元とは別のところにあるのかも。

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 守屋だけでなく、他の4人も悔しさをあらわにするようなところは見えなかった。センターからのレースとなった細川裕子と櫻本あゆみは、どうやらスタートから1マークまでを話し合っていたようだが、目元にはともに笑みが浮かんでいた。

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 細川は小野生奈とも語り合っていて、おそらく1周2マークの番手競りについて話していたのだと思うが、お互いに健闘をたたえ合うような雰囲気のなかで会話は進んでいるように見えた。

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 水野望美も、優勝戦の舞台に辿り着き、全力を尽くした充実感のほうが大きかっただろうか。モーターを返納する間も、時折笑顔が見えていた。
 結果は敗戦であるが、それぞれにやり切った手応えを得られた一戦だったということだろう。猛暑の中、全身全霊の戦いを見せた彼女たちにもナイスファイトと拍手を送りたい。

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 平山はこれで女子賞金トップに立った。年末のクイーンズクライマックスは出場当確と言っていいだろう(すでに昨年の12位ボーダーを余裕で超えているのだ)。表彰式後の記者会見ではもちろんそこにも触れられたが、それ以上に「SG」に関する発言が心に響いた。これで少なくとも来年のクラシックの権利は得たし、グランプリシリーズもかなり有力となったし、今後の活躍次第ではSGチャレンジカップへの出場も可能性が出てきた(今日の時点で総合賞金ランク34位)。16年ダービーでは選考勝率1位でドリーム1号艇に乗った平山が、SGに帰ってくる!

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「やはり目指すところはそこですから、出たいという気持ちはずっと持っている」
 平山が産休で休んでいる間に、遠藤エミや小野生奈、平高奈菜らがSGで予選を突破するなどメイクヒストリーに意欲を燃やし、それこそ守屋美穂も先のオーシャンなどで健闘を見せ、さらに大山千広というニュースターもあらわれて、女子のSGでの活躍、あるいは優出やさらにその先の優勝も、遠い遠い夢物語ではなくなりつつある。しかし、彼女たち以前にその期待を背負ったのが、尼崎周年でSGクラスを撃破して優勝を勝ち取った平山智加だった。寺田千恵、横西奏恵に次ぐSG優出の偉業、あるいはそれ以上を期待される存在だったのだ。

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 その平山智加が、王座を手にし、SGへの思いを語った。そう、戻るべき場所に戻ってきたのだ。しかも、「母になり、守るものが増えて、気持ちは強くなった。確実に進化している」と平山自身が言うように、さらに強い平山智加になって。
 もちろん年末やその前の一戦も楽しみだが(ボートレースバトルチャンピオントーナメントの出場権も獲得してます)、最高峰の舞台にふたたび立つのが待ち遠しい。平山の存在に刺激を受けて若きSG常連のレディースたちが奮闘するであろうことも含めて、平山のこのVはボートレースのひとつの夢をさらに広げてくれるものとなったのである。(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)