BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――爽快な完勝

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 完勝である。トップスタートを決めて、まくらせず差させずの逃げ切り勝ち。1マークでケリをつけた、堂々たる勝利だ。

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 石野貴之は、ウィナーが戻るべき本番用の係留所に、なんとも爽やかな顔で戻ってきた。大きな歓喜でもなく、感涙でもなく、安堵の様子でもなく、ただただ爽快感だけを漂わせて、出迎えた面々の拍手に応えていた。係留所を見下ろす場所から、齊藤仁が「おめでとう!」と手を振った。気づいた石野は、先輩から祝福されたらそうするのが当然といったふうに、深い笑顔で「ありがとうございます!」と頭を下げた。その様子はなんとも自然で、特別な高揚感は見えなかった。
 なにしろ、これが9回目のSG戴冠だ。すでに黄金のヘルメットも手にし、ここ数年で一気にタイトルの数を増やした。一昨年のグランプリ後、グランドスラムを目指すと口にしていて、まだ未制覇だったクラシックを獲ったことでそれに近づきはしたけれども、それを実感するのはこのタイミングではない。ならば、ことさらに感極まる勝利でもなかっただろうし、仕上がりに自信を持っていたとするなら、なおさら勝つべくして勝った一番ということになるのだろう。だからそこには、爽やかさだけが際立って見えていたのだと思う。

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 表彰式や記者会見では、「緊張していた」「不安があった」と口にしている。それは近況の不振に発するものだ。その原因は自分の中でハッキリしているという石野は、もちろんその状況を認識し、だからこの優勝戦も決して確勝と自信を持てるものではなかったということだ。実際、今期に入っての石野はインでの取りこぼしも少なくなかった。スタートも踏み込めていたとは言い難い。ここ一番で同じ轍を踏んでしまったら、の思いがあったとしても不思議ではないだろう。

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 しかし、そもそも石野の腹の据え方は、どんな状況でも、それが逆境でも、己の感覚を狂わせるような脆弱さとは無縁である。むしろ大一番だからこそ、石野本来の勝負強さを目覚めさせる。それが完遂された今日、レース後の自然体っぷりはある意味で当たり前の光景である。
 また、これで現状を打開したとは言い切れないという思いもあるだろう。SGを勝ったことでスランプを脱した、なんて簡単なものではないだろうし、石野自身もそういう認識でいるようだ。そのきっかけにはなったかもしれないが、「まだまだ課題がある」と石野は言う。もちろんそれは先々を見据えての言葉、思いであり、だからこそ手放しで大喜びできない(しない)という心境になっていたとしてもやはり当然なのである。

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 で、結局のところ、これが逆襲のノロシとなるのではないかと僕は睨んでいる。SGを獲った男の、あまりにも自然な爽やかさに、この男の存在の大きさを改めて実感したからだ。不振から脱け出す瞬間がいったいどこなのかはもちろん断言できないが、必ず近いうちに、真に石野らしさを取り戻すはずだ。もしかしたらA2級での参戦かもしれない(笑)グランプリで。あるいはもっと早く。いや、この苦しい時期を乗り越えて、もっと巨大な存在になるかもしれない。そんな石野貴之の出現を心待ちにして、今年1年のビッグ戦線を見つめていきたい。

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 なにしろ外の艇はほとんどなすすべなく敗れただけに、敗者勢はどこか落ち着いたレース後であった。2周2マークで3番手先行していた稲田浩二に突進するかたちとなった守田俊介、その二人の間で「ごめん」「いえ」という短いやり取りがあったのがちょっとした動きだった、というくらいだ。

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 ただし、やはり篠崎仁志だけは異質だったと言うしかない。エンジン吊りのあと、他の選手が即座にカポック着脱場に走ったというのに、仁志の動きはやけに鈍く、出走待機室にあるモニターが映し出したリプレイを睨みつけた。まるで何かに苛立つように地面を踏みしめながらモニターに近づき、1マーク、差して届かなかったシーンが映し出されると、溜め息をついてゆっくりと着脱場に向かったのだった。

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 地元SG制覇の大チャンスに、ほぼ何もさせてもらえずに敗れた。その重大さ、深刻さは、他の選手の比ではない。「優勝しか考えない。他はどの着順も一緒」と語っていた昨日のレース後、だから準Vというのはなんの慰めにもならないのだ。
 この忘れ物を回収できるのはいつの日になるのか。これまでも福岡SGとなれば毎度、優勝だけを欲し、その思いがかなわずにいたわけだが、優勝戦を経験したからにはさらに思いは強く大きくなったはずだ。次の福岡SGでの篠崎仁志に会うのが実に楽しみになった。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)