BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――涙から笑顔へ

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10Rが終わり、ボートを展示ピットにつけるため

係留所に向かう田口節子は、表情がカタくなっているように思えた。

実際、レース後に振り返ったところによると、

緊張はしていたという。だが、

それが田口の手足をガチガチに固まらせるようなものには

見えなかったし、判断を誤らせるようなこともあるまいと思えた。

抽象的な言葉になってしまうが、

絶妙な透明感が田口からは発散されていたのだ。

「身近な人たちは私の弱い部分を知っていて、

それを補ってくれている。いつもなら寺田千恵さんが

私のことをよく知っていて、相談に乗ってもらうんですが、

今節は一人で乗り越えなくてはいけないと思っていて、

そこを海野ゆかりさんにすれ違うたびに声をかけてもらったりして、

本当に助けられたんです」 田口を取り巻く人たちが、

みな田口のことを思いやる。それが田口の心を強くする。

「おぉぉぉっ! よし!」  

 

 

 

 

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田口ひとりが舳先を突き出していたスリット、

ビジョンで見ているだけではタイミングが

どのくらいかはわからないが、もしかしたら……

とヒヤリとする隊形であったのは間違いない。

田口が先頭でバックに抜け出し、

電光掲示板に「スタート正常」がついた瞬間、

ピットでは仲間たちのどよめきと歓声が巻き起こっている。

田口がしっかりとスタートを決めた。フライングではなかった。

そして先頭を激走している。そのことが、仲間たちを歓喜させたのだ。 ボートリフトに集まった選手たちが、

ゴールして戻ってきた田口を大拍手で迎える。

陸に上がって、真っ先にハイタッチをしたのは海野ゆかり。

海野が掲げた右手を、田口は思い切り叩いて、そして手を握り合う。

信頼し合った仲間同士の間に結ばれた、美しい絆だった。  

 

 

 

 

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もちろん、岡山勢もみな、最高の笑顔で田口を祝福した。

堀之内紀代子らは両手を掲げてダブルハイタッチ。

そして、盟友・佐々木裕美が笑顔を輝かせていた。

向井美鈴のエンジン吊り→モーター返納があるので、

田口にベタ付きするわけにはいかない立場だったが、

それでも歓喜を分かち合わずにはいられない。

表彰式へと向かう田口を、いちばん最後まで見送ったのも佐々木で、笑顔はいつまでも消えないのではないかと思えるくらい、

深く輝いていた。  

 

 

 

 

 

 

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そうした仲間の輪の中で、田口節子はひたすらに笑っていた! 

昨年の三国女子王座、田口はピットに戻ってきたときにはすでに、

涙を流していた。そういえば、佐々木もともに泣いていた。

1年前の田口はひたすらに泣き、

そして今日の田口はひたすらに笑う。

それはまず田口の本格化、メンタルの成長、

そして女子頂点への君臨を意味するものであろう。

そしてもうひとつ、その田口の変化自体が、

僕らに勇気を与えるのだとも思った。

涙の後に、会心の笑みが訪れること。

それを信じることができるだけで、

僕らは、日本は、元気になるはずだ。

「もう女王と言ってもいいかな」 

田口は会見でそう言って照れ気味に笑った。

いいに決まってます! 

今年はGⅠ3節というナデシコイヤー。

この1年を引っ張るのは、間違いなく田口節子ということになるだろう。女王の肩書はこれからもきっと

田口にプレッシャーを与えることにもなるが、

しかし女子王座を2連覇し、笑って幕を引くことができた田口には、それは負担になどなるはずがない。

その節ちゃんスマイルが、SGでも満開になることを楽しみにしたい。

 

 

敗者たちについてだが、実はあまり語ることがない。

というのは、5人が5人とも、サバサバとしているように思えたからだ。ピットに戻ってきたばかりの池田明美が、

谷川里江に声をかけられて、ニコリと微笑んだ。

向井美鈴も先輩たちに囲まれて、破顔一笑している。

 

 

 

 

 

 

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細川裕子は、やるべきことはやったのだという充実感もあったのか、

スッキリした表情でモーター返納作業。

 

 

 

 

 

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横西奏恵も、顔がひきつり気味にも見えたものの、

ずっと穏やかに笑みを漏らしていた。

このなかで、唯一、目が笑っていない瞬間があったとするなら、

やはり横西。今日の結果に、絶対女王のプライドが

傷つかないはずがない。  

 

 

 

 

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ただひとり、ついに笑顔が見えなかったのは日高逸子。

ただ、悔しがっているというより考え込んでいるという風情で、

沈痛というふうにはあまり見えない。

日高もまた、やるべきことはやったという手応えもあったはずで、

しかし結果が出なかったことを受け止め、

反芻しているような雰囲気であった。

こうして敗戦とも即座に向き合うことができるあたりが、

グレートマザーたるゆえん。

女子王座も若い力が回を追うごとに台頭してきているが、

日高はまだまだ高い壁として屹立し続けるだろう。

 

 

(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)