BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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名人戦ファイナル 私的回顧

中年のキラ星

 

12R進入順

④西島義則(福岡)06

②井川正人(長崎)07

③瀬尾達也(徳島)11

⑥今村 豊(山口)04

⑤吉本正昭(山口)10

①山室展弘(岡山)06

 

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 人生、54歳で花咲くこともある。 表彰台に立ったのは、鬼才・山室でも、中年の星・今村でも、安芸の闘将・西島でもなかった。井川正人。デビューから32年で、GI優出はこれが2度目。SG経験なし。開催前にこのA2レーサーの優勝を予想した人が、全国にひとりでもいただろうか。井川本人でさえ「いやぁ、準優にでも乗れたらいいなぁ、くらいに思ってきたから……夢心地、ほんっと夢心地としか言いようがない」と笑顔の中に戸惑いを隠さなかった。

 

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 優勝戦そのものも、大番狂わせだった。もう、待機行動からスタンド騒然。ピットアウトから西島の猛プレスを浴びた山室が、向こう流しであさっての方向にぶっ飛んでいった。1マーク側から見ていた私には、山室が外の西島を弾き飛ばしたように見えた。が、よくよく見れば、飛んでいったのは山室だった。こんなの、今まで見たことがない。

 

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 当然、最内になった西島は、インに居座ろうとする。そこに、はるか向こうへ飛んでいった山室がブーメランのように大旋回して、真っ先にホームに“侵入”した。そして、内ラチすれすれにいる西島の真ん前へと艇を移動させている。2艇、一直線。

「おいおい、どっちがインだ??」

「なんだなんだなんだぁ!?」

 スタンドのファンも私も、もう訳がわからない。ただ、猛スピードで入ってきた山室の起こしが、80mよりもはるか手前になることだけは、容易に想像できた。 こりゃもう、収まりがつかないな。

 

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 思った瞬間、山室がエンジンを噴かして、またまたバック水面側に飛んでいった。スタンド、再び騒然。今度は、悲鳴の如き奇声が大勢を占めている。回り直した以上、山室のコースは……大本命の6コースが、ほぼ決定したのである。

「うっそだろーーー!!!!」

「ナニやってんだ、ヤマムローーーッ」

「まくれまくれ、アウトからまくっちまえーーー!!」

 絶叫、また絶叫。山室のアタマ舟券しか買っていない私も、ギャーーとか、グワーーーとか、叫んでいた気がする。が、「山室、ふざけんなっ!」とは思わない。西島と山室の殴り合いのような“侵入”争いに、野生の血が沸き立っている。ただただ、ひどく興奮している。前検日、モーター抽選会場で隣合わせたふたりは、それはそれは賑やかに会話を交わしていた。仲良しこよしの子供ふたりがじゃれ合っている、それくらい親密かつ意気投合しているように見えた。が、いざ優勝戦の水面になれば、こうして50歳同士がノーガードで殴り合うわけだ。まあ、この光景自体も、腕白坊主ふたりの取っ組み合いに見えなくもなかったけれどw ちなみに、この1分ほどの間に、西島・山室ともに待機行動違反を取られている。やんちゃすぎる50歳。

 

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 インを奪いきった西島も、興奮していたかもしれない。それとも、80mちょいの起こしが深すぎたか、名人返り咲きへの思いが強すぎたか。とにかく、西島はスリットの手前でガクッと減速した。早くに起こしすぎて、全速では行けなかった。コンマ06。アジャストして正解だったが、同時に名人の座も遠のいた。2コース井川の行き足は、凄まじいものがあった。

「いやぁ、外から今村さんが見えたからまくってもらって、自分は差すことばっかり考えていたんですけど、ふっと左を見たら誰もいなかったもんで……(笑)」

 あっと言う間の1艇身差を利して、井川は西島を引き波に沈めた。2コースじかまくり。内から瀬尾のまくり差しが飛んできたが、ここでも節イチ11号機の出足~行き足がそれを許さない。瞬く間に後続を突き放し、一人旅に持ち込んでしまった。

 2着・西島義則、3着・今村豊、4着・山室展弘……SGスター3人を引き連れて、井川は静かにゴールを通過した。ガッツポーズはなかった。ウイニングランのときに、やっと大きく両手を広げた。が、その顔はどこかギコチのない照れ笑い。カラオケの間奏中に照れて仕方がない田舎のおっさん、そんな笑顔だった。自然、こちらの相好も崩れる。

 

「長いことやってると、いいこともあるなー、おめでとー!」

 

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 私の隣にいたオッサンが、大声で話しかける。田舎っぽい照れ笑いのまま、井川はうんうん頷いている。「ありがとーー」と答える。ウイニングランで会話しちゃってる。 正直、私は山室の表彰式が見たかった。ここ3年以上も記念に参戦していない山室が、何をやらかしてくれるか、そればかりを楽しみにしていた。

 が、54歳の素朴なウイニングランを見ていて、「これもまた、いいなぁ」としみじみ思った。山室も今村も西島も、私と同じ50歳。親近感は抱いているけれど、同等同格に自分の身を置いて考えたことは一度もない。剛の西島、柔の今村、才の山室、すべて憧れであり、別次元のスターだ。今村が自身を「中年の星」と呼んだとき、こんなことを思った。

 

「星はいつまでたっても、手が届かないから星なんだよなぁ」

 

 同い年だからこそ、切実にそう感じるのである。今村豊が「いくつになっても夢は叶う。諦めないで頑張れば、中年でもこうしてSGを獲れる」と言ってくれても、どこかで「いやいや、でも、それは今村豊だからでしょ」なんて、遠い目になってしまったりするのである。今日も私は、憧れの同い年の言葉にただ酔いしれるつもりでいた(今日は、とりわけ山室の言葉を)。それが……

 

「長いことやってると、いいこともあるなー、おめでとー!」

 

「(うんうん)ありがとーーー」

 

 なのである。井川の照れ笑いとその声が、優しく胸に響いた。

 50過ぎても、俺、まだまだやれるかも。 実感として、そう思えた。

 井川正人選手、54歳での名人就位、おめでとーー。来年、もっと大きな平和島の舞台で待ってます!(Photos/チャーリー池上、text/H)