★勝者たちの凛々しさ
笑顔よりも、凛々しい表情が印象に残った。
10R、井口佳典はレース前には自信に満ちた表情。そしてレース後も、自信をみなぎらせてピットに戻っている。精神的には、完全に充実期を迎えていると言っていいだろう。
吉田俊彦に声をかけられて、一瞬は目を細めてもいた。だが、直後にヘルメットを取ると、「どうだ!」と言わんばかりの真摯な目があらわれ、鋭い視線で水面を一瞥した。迫力があった。
もはや、メンタリティの強さは艇界一と言ってもいいのではないか。賞金王制覇後の3年間の雌伏の時を乗り越えた井口は、完全に本格化した。賞金王での強さも衝撃的だったが、そのときより一回り強くなった印象がある。ピットでの雰囲気節イチは、間違いなくこの男だ。
太田和美もまた、きゅっと頬が引き締まった表情をレース後に見せている。あたかも、逃げて当然と言わんばかりの力強い顔つきで、もちろん簡単に逃げ切ったとは思わないが、太田の鋭い瞳を見ると、盤石の逃げという言葉が浮かんでくる。
ターン回りは、今日がいちばんキていたという。「ターンマークを6回回るんですけど、1回もターンマークを外していなかった」そうだ。これまでは、1マーク以外はすべて外す感じのときもあったそうで、今日、足は完全に仕上がったと言っていいだろう。
明日は雨予報。けっこうな量、降ると言われている。だが、百戦錬磨にして、今日ここまでの揺るぎない表情を見せていた太田には、あまり影響はないだろう。浪速の怪物くんが久々にタイトルを手にするシーンも、充分に想像できる。
12R、ピットに帰還し、ボートリフトで隣同士に入った吉田俊彦と魚谷智之は、かなり力強く拳を突き合わせた。兵庫ワンツー。最高の結果。亀田興起のように拳を負傷してしまわないかと思えるほど強く打ち合った二人は、ひたすら喜びに満ち溢れていた。
ヘルメットを取った吉田は、やはり鋭い顔つき。共同記者会見では、眉間にシワでも寄っているのではと見まがうくらいに真剣な表情で、歯切れよく力のこもったコメントを質問に返していた。「今日はあまり緊張しなかった。明日もしないと思う」と言っており、そう言い切ってしまうあたりにへそ曲がりの僕は若干の不安を感じないでもないのだが、しかし決して笑うことなく会見を終えた吉田には断固たる決意があるのだろうし、足に対しては絶大なる信頼を置いているということだろう(節イチという言葉も出た)。明日の表情がもっとも楽しみなのは、もちろんこの人である。
★優出を決めた笑顔
2着で優出を決めた選手たちは、勝者とは対照的に笑顔が目立った。
吉田とグータッチを交わした魚谷は、コースを問われて「枠番主張です(笑)」と笑わせる余裕もあったほどだ。こんなにも爽快な魚ちゃんスマイルは久々に見たなあ。伸びがとにかく分が悪いとのことだが、テクニックでカバーしての突き抜けはおおいにありそうだ。
重成一人は、展示から戻ってきたあと、爽快な笑顔を見せていた。ピリピリしている選手が圧倒的に多いなか、この表情には驚かされた。余裕なのか、よほどおかしいことでもあったのかは確認できなかったが、準優の直前にこれだけ力の抜けた時間を作れるのは、只者ではない。
共同会見でも、終始柔らかい表情を通していた。「中堅です」「スタートは自信がないです」といったネガティブな言葉も、その優しげで端正な顔から発せられると、そうは聞こえない。「今日は緊張してなかったけど、バック2等で出てきて、それで緊張しました」と報道陣を笑わせたりもして、とにかく全体的な雰囲気が穏やかなのだ。
山崎智也もまた、同様である。智也はレース後、ボートリフトに艇を乗せる直前からヘルメットを脱いでしまうが、今日はその時点で笑っていた。それが優出を決めた歓喜なのか、敗戦の悔しさを隠しているのか、判然とはしなかったけれども、どちらかといえば素直な感情表現に見えていて、気分上々と見えた。 今節の智也は、初日1R、オープニングレースを走った。開会式では「最終日はファイナルに乗りたい」と宣言し、それを実現させたことになる。明日のレース後、智也はどんな笑顔を見せてくれるだろうか。
★敗者の肖像
10Rが終わって、一気に注目を集めたのは、やはり横西奏恵である。もちろん、「夫婦SG優出なるか」だ。
結果は無念の4着。道中は2番手を攻め込まんとする場面もあり、優出への執念は見せていたと思う。その互角な戦いっぷりが、この人がいかに特別かをあらわしている。
レース後、智也はボートリフトに姿をあらわしている。このレース、関東勢が不在だったから、エンジン吊りに出てくる必要はなく、もちろん横西を出迎えにきたものである。智也は、横西のボートを右側面から陸に引きずり上げ、艇番などを外す作業をしていた。横西は、モーター架台を運んだり、モーターを外したりと忙しく立ち回っている。自分の艇なのだから、作業の中心になるのは当然。その間、智也と横西は言葉を交わしていなかった。
やがて智也はその場を離れ、横西は作業を終えると控室へと戻っている。我々の目の届く範囲では、絡みらしい絡みは見られなかったことになる。だが、横西にとってみれば、その場に智也の存在感があったことがかならず癒しになったことと思う。敗戦後の空気を共有していたこと自体が、二人の絆なのだ。
12R後、白井英治は、ヘルメットを頭に乗っけて、まっすぐ前を見据えたまま、やけにゆっくりした足取りで控室に戻っていった。その表情は、どんな角度から見たとしても、悔しさをあらわにしたもの。まったく隠そうとしなかったのか、隠そうとしても隠し切れなかったのか、いずれにしても胸中が露骨に顔つきにあらわれていたのだった。
11R後、森高一真はカポック脱ぎ場に着いてから、ようやくヘルメットを脱いだ。そこであらわれた顔は、鬼の形相。敗戦に対して、あるいは敗戦を喫した自分に対して、とことん怒り狂っているかのような表情だ。カポックを脱ぐ間、視線をやや下に落として、表情は鬼のまま固まっている。時折ふーっと息を吐いて、そのたびごとに目つきはさらに厳しくなっていくのだった。
白井にしろ、森高にしろ、敗戦後はわかりやすく悔恨が伝わってくるタイプだ。それを隠すのも強者かもしれないが、素直に感情をさらけ出すのも強者の別のタイプだと思っている。そうした積み重ねののち、いつか最高の笑顔を見せる日が来るだろう。白井も森高も、近いうちにタイトルを獲って美酒に酔えることを(森高は酒弱いけど)信じているぞ!
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)