1R。スタート展示で
当然のように動いた西島義則。これに魚谷智之が突っ張って、
須藤博倫は艇番主張のインに潜り込んだから、
2~3コースがえらく深くなってしまった。というわけで、
西島は回り直し。続き魚谷も回り直して、
スタ展の並びは123/564という予想外の並びになっていた。
6号艇、チルト1度。プロペラはナカシマに変更。
へ? そんなアナウンスが聞こえてきて、ぶったまげる。
西島がチルトを跳ねて、ペラを交換してきたのだ。
カマシのつもりなの? 回り直しは想定内?
しかも展示タイムが抜けている。
いったい、どうしようってんだ、西島義則!
展示だけでエンターテインメントを作り上げるのだから、
まさしくプロフェッショナル。で、本番はゆっくりと前付けして2コース、
並びは162/345と誰もが想定していた結果に
収まってしまったのもまたおかしかった。
結果だけ見たら予定調和なのに、
実は予定調和をぶち壊しているという。
そんな西島は、興奮を生み出した自覚などあるのかないのか、
ただただ隣の艇が急に転覆してびっくりしたと
声をあげているのであった。西島にとっては今日の走りなど、
何も特別なものではないのだ。
西島の隣で転覆したのは森高一真である。
カドから伸びた飯山泰と接触し、その際に
強い向かい風のあおりを受けたのか、舳先が浮いたのだ。
今節は1マーク手前の転覆がやけに多い……。
危ない転覆に見えたので肝を冷やされたが、
レスキューが2Rの展示が終わるまで帰ってこなかったので、
どうやら大きなケガはしていないらしい。
ピットに戻ってきた森高は、軽やかな足取りで
レスキューを降りている。大丈夫? そう問うと「ウスッ!」。
特にどこかを痛めた様子はなかった。まずは一安心だ。
今朝、森高は艇運の係員さんに景気のいい言葉をかけていたという。昨日「男前ターンを見せたる」と言っていたという森高は、
しかし結果が伴わなかったことで「クサナギくん止まりやったな」と
笑ったそうだ。そして「今日はキムタクまで行くで」と
力強く語ったらしい。丸ちゃんの開会式での振りへの返しは、こんなところでひっそりと行なわれていたわけだが、つまりは感触が良かったのだ。それだけにこの転覆は痛い。まだ予選突破は充分に可能だが、モーター気配の変化が気になるところだ。 その後も、ピット内を小走りで移動するなど、体は問題なさそう。あとは気持ちを折らさずに全力で男前ターンを繰り出すだけだ。
森高の転覆をもっとも気にかけていたのは、やはり飯山泰である。
レース後にピットに戻ってきた飯山は、
ヘルメットの奥で顔をしかめていた。やってしまった、という表情。
どうやら体は無事らしいというのは伝わっていたはずだが、
それでも自分との接触が転覆の原因とあらば、心が痛いものだろう。 着替えた飯山は装着場に出てきて、レスキューの帰りを待つ。
水面の彼方を眺めるあいだも、飯山の渋面は消えなかった。
レスキューが帰ってくると、飯山は走って駆けつけている。
森高が「大丈夫」なのか「気にせんでください」なのか、
右手をあげて飯山を気遣う。飯山はそれでも森高が
レスキューを降りるのに手を貸そうとし、
森高がカポック脱ぎ場でずぶ濡れの勝負服とカポックを脱ぎ去るまで寄り添っていた。ちなみに、須藤博倫も。
こうした局面で気に病んでしまうのは当然。
信州人はとりわけそんな気質の人が多いような気がする。
しかし、やはり心折ることなく、この後も奮闘してほしいもの。
予選突破は厳しくなったが、
せめて一度は夏のセンタープールを爽快に彩る
持ち前の一撃戦を見せてもらいたいぞ。
さてさて。3日目の朝は、やけに静かなピットであった。
朝特訓が終わったあとには、装着場に選手の姿は
ちらほらしか見受けられず、整備室を覗いても
赤岩善生がいつもの作業をしているのと
重野哲之、平石和男がゲージをスリスリしている程度。
平石の前には笠原亮が座り込んでいたが、
特に何をしている様子もなく、平石と話し込んでいるふうだった。
プロペラ調整室にも人影はほとんど見当たらず、
多くの選手は控室に入っているということなのか。
その後、ちらほらと選手の姿を見かけているが、
どの選手も淡々としていて、焦って動いたりする選手は皆無。
見かけた選手を「次郎、佐々木、今井、福島、白井、平田……」とか
メモしてみても、特に付記するような動きがないのだ。
ということで、メモには大きな文字で「淡々」と書いてある。
ほんと、それくらいしか書きようがなかったのだ。
そんななかで精力的に動いていたのは、
まず辻栄蔵と市川哲也の広島コンビ。
市川は昨日も最後まで試運転をしていたが、
今日は辻と足合わせをしており、4Rまでの短い時間を
しっかりと使っていた。
中島孝平と萩原秀人も動いていたほうか。
萩原は調整用のプロペラをつけて、係留所で回転調整。
ピット内にエンジン音をよく響かせていた一人だ。
また、田村隆信も係留所で時間を使っていた一人。
湿度が上がってベタつく空気の中でも涼しい表情を崩すことなく、
淡々と調整を続けるのだった。 そんな3日目の朝でありました。
勝負駆けに差し掛かってきて、
水面はどんどんヒートアップしていくことになるが、
ピットの空気はちょっと一息、という感じだったのであります。
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)