10Rのスタート展示が終了した頃に
ピットに入ったら、チャーリー池上カメラマンに
「整備室を見に行け」と命令された。
はい、おっしゃる通りにさせていただきます。
そそくさと整備室を覗くと、日高逸子が本体整備中。
ん? 日高は8Rに出走したんじゃなかったっけ。
前半のピットでも本体整備をしていたと記したが、
レース直後にもまた整備?
しかも日高は12Rに出走を控えているのである。
チャーリーによると、8R後すぐさま整備に取り掛かり、
その様子を見た角ひとみに
「早っ!」と驚かれていたとか。
もともと機敏に仕事を進める日高ではあるが、
その素早さにはたしかに驚くしかない。
8Rは、2番手を走りながら3周1マークで
まさかのターンミスをしてしまい3着。
それもあっての、速攻整備だろう。僕が覗き込んだときには、
ちょうどピストンリングを選んでいて、
実際に12Rはピストン1、リング1の交換で出走している。
短時間で整備をこなし、
しかも12Rは2番手を走る宇野弥生を猛追しているのだから、
グレートマザーは凄いとひたすら思う。
ふむふむと感心していると、チャーリーが
「整備室の隅のテーブルをちゃんと見ろ」と命令してくる。
ははっ、意のままに。チャーリーが指さす方向を見ると、
黄色いTシャツを着た選手がゲージ調整をしていた。
一瞬、誰なのかわからなかったが、よく見ると香川素子。
チャーリーによると、6Rあたりにその場所に陣取っているとか。
つまり香川は、もちろん間にエンジン吊りなどを挟みながら、
2時間以上もゲージ調整に専念しているのだった。
大急ぎの整備をしている日高の横で、
本体もペラも触らずにゲージ調整。
これが何を意味するかは、もうおわかりだろう。
結果的に香川は3日目終了時点で予選3位。
そういうこと、なのである。
その後、エンジン吊りなどで香川の表情も確認しているが、
やはり余裕が感じられるように思えた。
明日の艇旗艇番を準備する足取りも、
ゆったりしていて堂々たるものだ。
正直言って、ここまでややノーマークの存在だったのだが、
しっかりと注意を配らねばならないだろう。
で、そうこうしていたら、チャーリーがさっさと帰ろうとするので、
てめこのやろなにかえるじゅんびしてんだこら、
と引き留めた結果、10Rでは守屋美穂の水神祭である。
ここでヤツを帰していたら、
水神祭の記事はなかったのであった。
若松のピットでのレース観戦は、
水面際から対岸のビジョンを見るというスタイルなのだが、
選手たちはたいがい控室やペラ室、
整備室にあるモニターで見ていて、
ここでずらりと並んでいるのは報道陣ばかりだったのだが、
10R時には田口節子、金田幸子、落合直子、鎌倉涼が陣取っている。しかも、田口はフェンスをまたぐようにして腰かけており、
あとで真似してみようと思ったら、
水面に落ちそうでめちゃくちゃ怖かった。
BOATBoyの女子バン・森喜春とともに、
選手たちのバランスの良さに感心したものだった。
それはともかくとして、
このメンバーが“アリーナ”で見守るなかで、
守屋美穂はGⅠ初勝利をあげたのである。
守屋のツケマイが藤崎小百合を超えていく瞬間、
仲間たちは小さく唸って、静かにテンションを上げた。
鮮やかな一撃に、そこにいる誰もが感動したのだ。
守屋がピットに戻ってくると、本人以上に出迎えた仲間たちが笑っていた。堀之内紀代子も実に嬉しそうに祝福。後輩である樋口由加里も顔をほころばせていた。
気づけば、
報道陣も含めて多数の人々が守屋を注視している。
GⅠ初1着のヒロインに大きな大きな注目が集まったのである。
このときピットには依然として強い風が吹き込んでいたが、
ちょっとした非日常の空気が立ち上ったことで、
それは涼風のように感じられた。言ってしまえば、
予選道中の1つの勝ち星に過ぎないのだが、
守屋の笑顔はそれを特別なものに変えてしまったのだ。
で、その後に行なわれた水神祭。ボートリフトの端っこで
大笑いしながら見ていると、
隣で見ていたのが浜田亜理沙であった。
浜田もまた楽しそうに、そして嬉しそうにニコニコ。
金田幸子のドザエモン・パフォーマンスに笑ってもいた。
浜田選手、次はあなたの番ですよ!
明日の2R、特別な勝利を見せてくれ!
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)
どこがどう、と説明するのがちょいと難しいのですが、
宇野弥生にこれまでになかった風格を感じます。
それはおそらく「男子強豪を破ってGⅡ制覇」という
こちらの先入観とは関係ないと思う。
その快挙を経て、本人のなかで何かが変わったとしか
思えないのですが……。