8R、スタンドの記者席で
レースを見ていて、ひっくり返ってしまった。
逃げ切り態勢に見えた濱野谷憲吾がズブズブズブと
差されまくったのだ。さらに2マークで捌くこともできずに5着大敗。
これが我らがファンタジスタのレースなのかと、溜め息が出た。
たしかに最近のSGではいまひとつ冴えない濱野谷だが……。
9Rが終わってピットに入ると、濱野谷が係留所に向かって
歩いていた。そう、レース後の濱野谷は水面に出ていたのだ。
すでに宵闇に包まれ始めていた桐生、
しかし濱野谷は試運転をやめようとしなかったのである。
やがて、やはり試運転をしていた木村光宏が陸に上がる。
この人も、相変わらず遅くまで水面を駆け続けているわけだが、
今日は木村は最後の一人ではない。まだファンタジスタが走っている。
濱野谷だけではなく、
横西奏恵、山田哲也も試運転。その様子を山崎智也が
水際まで出て、鋭い視線で眺めている、なんてシーンもあった。
係留所に帰ってきた横西に駆け寄った智也は、
隣の係留所に入った山田らと車座で会談。
おそらくは、智也からのアドバイスや感想が述べられたと思われる。
智也が立ち上がると、二人ともヘルメットをふたたびかぶって、
水面へと出て行った。 そのときでも、
濱野谷は水面をブイブイと駆けていた。
時に山田と足合わせをすることも。
こんなにも遅くまで試運転を続ける濱野谷を見たことはあっただろうか。 10Rの試運転タイムが終わっても、
濱野谷はボートを陸には上げない。係留所につけたまま、
プロペラを外して調整用の白プロペラを装着し、
回転計をにらんでいる。レースが始まったころには姿を消しているが、10Rが終わると山田とともに係留所へ向かい、
また水面へと飛び出していった。
結局、二人が試運転を終えたのは、
11Rの試運転タイム終了を告げる赤ランプが点った後。まずは山田が陸に上がり、遅れて濱野谷がリフトに乗った。
そう、今日の“最後まで走った男”は濱野谷憲吾である。
8Rのあとの溜め息は、「もしかしたら憲吾は終わってしまったのか……」という寂しさである。
関東の人間である僕やH記者にとって、やはり濱野谷憲吾は
特別な選手。そして、僕は今日、たしかに濱野谷がまだまだ終わっていないということを、ピットで知った。
この男、まったく萎えてなどいない!
モーターを格納したあとは、濱野谷はペラ室にこもっているが、
それも含めて、この努力が明日報われてほしいと願うぞ。
もちろんヤマテツも。
H記者に的確なアドバイスをすることで
知られる報知の藤原記者が、「54.5kgで入って来るんだから、やる気が違う」と、貼り出されている体重表を見ながら唸っていた。
しかも、今朝の体重は52kg。たった一日で2.5kgも減量したのだから、本気である。 こんな話題が出るのは、もちろん守田俊介だ。
たしかに54kg台で前検にあらわれればマシなほう。
最近は57kgとか58kgとかの数字を見るのも頻繁である。
それを節中に一気に落とすわけだが、
その前検体重の秘密がローリングシースーをはじめとする
食べ歩きにあるのは、殿堂入りブログとして名高い
「風雲きもり城」をご覧の方はよくご存じだろう。
それも守田の個性として、非常に好もしく思ったりもするわけだが、
彼を息子と呼ぶほど愛するH記者も、もちろん僕も、
天才児が大きなタイトルを獲ってくれたらその何百倍も嬉しい。
そして、54.5kg→52.0kgという数字が非常に輝かしい数字と見えるのは当然なのである。 というわけで、藤原記者とひとしきり笑い合った
あと、守田の姿を探したのだが、残念ながら見つからなかった。
帰宿バスの第1便で帰っちゃったのかな。
前半戦のピットで見た守田は、たしかに普段よりもスリムに見えた……ということはなく、また表情も特にいつもと変わらず、
気合とかは別に感じなかったけど……。
ひとまず、明日の体重をチェック!
少なくとも、数字はたしかに守田のやる気を物語っているわけだから。
さてさて、桐生のカポック脱ぎ場は装着場と地続きというか、
専用の部屋というわけではないので、
レース後の選手を追いかけていくと、
非常に興味深い様子を見ることができたりする。
11R、森高一真は1周目は3番手を走ったが、
2周1マークで包まれて後退。その後の3着競りには
井口佳典が含まれていて、結果的に井口が先着している。
森高の悔しさは表情を見なくても想像できた。
その森高を先にカポック脱ぎ場に着いていた井口が、やけに嬉しそうな顔で出迎えていた。
「やっちまったな!」というか、「抜いてやったぜ、ざまみろ」というか、
そんな感じ。この銀河系軍団はとにかく
「同期にだけは負けたくない」という集団であり、
レースでの失敗をボロクソにこき下ろし合う集団でもあるから、
森高が失敗して自分が逆転した、という事実は
井口にとって実に楽しいことだったのだろう。
ピットに上がった直後には、悔しそうな表情を浮かべてもいた
井口だったのに、森高の顔を見た瞬間、
おかしくてたまらなくなったようだ。言葉少なだった森高も、
さすがに観念したように苦笑いを浮かべていたが、
これが銀河系の切磋琢磨であり、
次なる戦いへの闘志を燃やす原動力になっているのだ。
10Rでは、3番手争いが
ややもつれている。1周2マークでは平石和男が中野次郎に接触。
先マイ逆転を狙う平石と、佐々木との2着争いで差しに回った
中野の航跡が重なってしまった格好だが、
最終的に3番手まで浮上した平石はレースを走りながらも
気がかりだったのだろう。ピットに上がった平石はまずは
佐々木に駆け寄りお辞儀をし、次に中野に駆け寄って頭を下げた。
中野は笑みを浮かべて返していたが、接触などがあれば
相手が後輩だろうと、こうして詫びるのが選手たちの礼儀である。
1周2マークの攻防では、
田口節子が3番手を狙える位置に浮上しており、
その前を3番手航走していた佐々木がさえぎるように斜行し、
接戦にケリをつけている。カポック脱ぎ場に戻った佐々木は、
あとから田口がやって来ると、なんと直立不動になった。
そして、「すみませんでした」と深々頭を下げた。
先輩の佐々木が、田口にそうした態度をみせたのだ。
リプレイを見直してみたが、佐々木と田口の絡みは、
それ以外には見当たらない。そこまでするほど
激しい接触があったのかと思ったが、そうではなかった。
にもかかわらず、佐々木はとことん礼を尽くした。
わだかまりなど残ろうはずもないし、こうした相手へのリスペクトが
水面での激しいレースを生むのであろう。
本当のガチンコ勝負は、尊敬と信頼の中から生まれるものなのだ。
というわけで、
山田哲也が峰竜太に「明日は絶対に逃がさないからな!」と
言っていたことをお伝えして稿を締めよう。
7Rで対戦する二人はもちろん同期。そこに尊敬と信頼があるから、
絶対に相手に負けたくないし、闘志がさらに燃えるのだ。
峰が1号艇、山田が3号艇。ヤマテツ、
スタート決めてまくるつもりだぞ!
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)