勝負駆けというと、ボーダーが明らかになってくる
終盤に目を向けてしまうのだけれど、
もちろん前半からアツい、のである。
3R、新田雄史が2着で6・00という条件で出走。
そしていったんは2番手に上がったのである。
「よしっ!」 隣でモニターを見ていた
峰竜太と平本真之が声をあげる。そうか、平本は同期ではないか。
ボーダーがどのへんに落ち着くかはまだわかっていないけれども、
2着なら目安の数値には辿り着けるということを、彼らもわかっていただろう。俄然、声援に熱が入る。 しかし、新田は赤岩善生の追撃を受けて、番手を下げてしまう。「あぁっ」 3着なら5・60。予選突破はぐっと遠のいてしまう。平本と峰が祈る。新田も奮闘する。どうだ、再浮上はあるか!?「あ~~~」 新田はさらに山崎智也の追い上げを受けて、4番手に下がってしまった。もう絶望的だ……。ふと二人の表情を見ると、苦笑い。あ~あ、せっかく2番手にいたのに、やっちまったな! そんな感じだった。
ボートリフトでは、さらに篠崎元志も苦笑いを浮かべていた。こちらも同期生。整備室でレースを観戦していたようだが、祈る思いで見ていたのは平本らと同様だろうし、やっちまったな!という思いも同じだっただろう。同世代の岡崎恭裕も、やはり同じ表情である。
そこに師匠の井口佳典も加わって、同じ表情を見せる。
みな、一時は歓喜に沸きつつ、最後はずっこけたという感じか。
あいつ、本当にもう、やっちまったな!
そんな仲間に出迎えられて、新田はふっと肩を落とす。
顔を見ると、やっぱり苦笑い。仲間の表情に呼応して、
やっちまいました……、という表情を見せていた。う~ん、惜しい!
その後も、坪井康晴が同じ表情で歩み寄って慰めているなど、
近い関係にある選手たちは一様に同じ思いを抱いたらしい。
なにしろ新田は6号艇。厳しい立場にありながら
一時は希望を手にしていたのだから、
誰もが「惜しい!」という思いになったわけだ。
無念、新田雄史、明日明後日とそんな仲間たちに
最高の笑顔を見せてくれ!
とっても珍しいものを見た。山崎智也が顔をしかめていたのだ。
ここでもう何度も何度も書いてきた。
敗戦後の山崎智也は笑う。勝ったあとには意外と淡々としているのに、
負けたときほど笑顔を浮かべるのだ。
それは、決して本音ではない。悔しさを他者には見せないように、
笑顔で覆い隠すのだ。いちど、4着くらいに負けたあとに、
カポック脱ぎ場でやはりニコニコとしていた智也が、
ふとうつむいて暗い表情を見せ、1秒ほどで顔を上げると
また笑っていた、というシーンを目撃したことがある。
これが智也なのだと、その勝負への彼なりのこだわりに感心したものだった。 3R、智也は笑っておらず、
どちらかというと淡々とした表情でピットに戻ってきている。
エンジン吊りの間も、その表情はほとんど変わらなかった。
着替えを終えて屋外ペラ調整所にやって来た智也に、
廣町恵三さんが声をかけた。その瞬間。
智也の顔が激しく歪んだのだ。
1マークでは2番手を走りながらも2マークで後退し、
なんとか3着まで押し上げたものの、後半の勝負駆けを
苦しいものにしてしまった。悔しい一戦だったのは間違いない。
それを智也はこれまで表にはあまり出さなかったし、
僕も見たことはなかったのだが、
廣町さんの前では悔しさを全開にしたのだ。
師匠・廣町さんが相手だからこその本音。
その場に偶然立ち会えてしまった僕は、
実に貴重なものを目にできたような気がして、
智也には申し訳ないが幸甚と感じてしまったのだった。
やはりこの男の魂は熱い。
さてさて、これから勝負駆けを迎える選手たちは、
それぞれに調整や試運転で準備を整えている。
係留所から上がってきた鎌田義は、こちらの顔を見つけると、
笑顔で「今日もしっかり走ってきますわ」と柔らかく言った。
こちらも、頑張って、と声援を送るわけだが、
カマギー、目が笑っていない。9Rの勝負駆けに向けて、
すでに闘志が沸点を迎えようとしているのだ。
やはりこの男の魂も熱い。そして、とことん勝負師なのだ。
(PHOTO/中尾茂幸=篠崎、井口、山崎 池上一摩=平本、新田×2、鎌田 TEXT/黒須田)