優出を決めた選手のなかで、もっとも歓喜をあらわにしていたのは、
鎌田義だ。鎌田が2着を獲り切った瞬間、
吉田俊彦を先頭に兵庫支部の面々がボートリフト前へと飛び出し、
鎌田を出迎える準備をしている。鎌田が戻ってくると、
全員がバンザイ! 鎌田もガッツポーズを見せ、
陸にあがってもひたすら笑顔を振りまくのだった。
もちろん、同県の勝野竜司と2番手争いを演じたわけであって、
鎌田も含めて支部の仲間は勝野をも気遣っている。
しかしその勝野も悔しさを噛み締めつつ、鎌田を祝福。
ムードメーカーのSG初優出はやはり祝事だったわけである。
鎌田自身、会見で口にしていたが、昨年のチャレンジカップで
いったんは2番手を走りながら、体が固まって
ハンドルがうまく入れられずに、逆転を許してしまっている。
あれがあったからこそ、今日は思い切ったハンドルで
ターンマークを攻めることができた。
「チャレンジカップ以来、最初に乗ったSG準優。
いきなり活かすことができましたね」の言葉に、万感がこもっていた。
個人的に言えば、BOATBoyで連載をしてくれている
カマギーのSG初優出はやはり嬉しいこと。
がっちり握手しながら、「明日が本番!」「そのとおり!」と
交わした会話が心地よかった。
山口剛の周りにも笑顔があふれていた。
といっても、引き出したのは今村豊。エンジン吊り→ボート洗浄の間にも、何やら山口に言葉をかけつつ、ニヤニヤしている。
山口もつられてニコニコ。さらに、1周2マークで山口に接触して
転覆してしまった川﨑智幸も、今村に言葉をかけられて
「剛に悪いことした」と笑い、そこに駆けつけた山口にも笑顔を向けている。心に引っかかることがあっても、当事者の大先輩と、
冷やかす大々先輩が笑っていたら、若者も笑顔になるというもの。
SGでは転覆やらなんやらで山口の笑顔がなかなか見られなかっただけに、童顔のスマイルが見られて僕も嬉しかったぞ!
一方で、もっとも不満そうな雰囲気だったのは、池田浩二だ。
明日を最後にフライング休みに入る池田は、賞金ランク11位。
最低でも優出して、安全圏に逃げ込みをはかりたいところだったが、
その望みは絶たれてしまった。何より、進入に悔恨がつのった。
大量の水をもらい、かき出している間に6コース回り。
特にその点に大きな不満を残していたようで、
それを察したのか外枠だった坪井康晴、濱野谷憲吾は
顔を合わせるなり、池田に「ごめん」と言っている。
レース後の「すみません」や「ごめん」は選手たちの儀礼のようなものであるが、今回は少し意味が違ったか。
納得のレースで敗れたのならまだしも、後悔が残る一戦だったことに、池田は顔を曇らせるしかなかったようだ。
太田和美は、サバサバしているようでもあったが、
負けても仕方がないなんて考えているはずがなかろう。
たとえ山田哲也にあのスリットを決められたとしても、
1号艇を活かせなかったことを黙ってスルーするような
やわな勝負師ではあるまい。エンジン吊りとボート洗浄が終わると、
早足でカポック着脱場に向かっており、その足取りに悔しさがこめられていたと言うのは、こちらの思い込みにすぎないのだろうか。
実は、10Rで勝って優出を決めていた丸岡正典は、
「太田さんと一緒にSG優勝戦に乗りたい」と思いを吐露している。
二人は師弟関係にある。師匠と弟子がSGの優勝戦の舞台で
真っ向勝負する。それが二人の願いであった。
グラチャンでそのチャンスはあったのだが、
「あのときは僕が失敗してしまって、ダメになった。
だから今回はその分も」と、
丸岡は太田が逃げ切ってくれることを信じて疑っていなかったのだ。 丸岡は、太田の敗戦には当然、複雑な表情を見せている。
太田も、丸岡とともに、という思いが強くあったとするなら、
その分の痛みも感じていただろう。
もちろん、チャンスはきっとまたふたたび訪れる。
何だったら、賞金王優勝戦で実現するというのはどうだろう。
師匠はすでに出場当確。丸岡が明日勝てば、
その夢はさらに近くに寄ってくることになる。
それにしても、山田哲也の度胸はどうだ。
SG初準優で、あのスタートができるものだろうか。
山田曰く「理想の景色だった」そうだ。フルダッシュで行って、
バッチリの景色が見えた。それはゼロ台を決められるときの
景色だった。だから自信をもって行った。
青山登さんは「いつもゼロ台をバシバシ行ってるから、
テツにはその景色がわかる。普段行ってない選手には
その景色がわからないから、ここぞというときに
スタートを決められないものだ」という。なるほど、とも思う。
景色というものがどんなものかは選手経験のない僕には
少しも実感できないが、大時計の針の角度がこの位置のときに
視界がどんなふうになっているのか、と想像してみれば、
山田の脳内VTRにきっちりハマった映像が見えたということだろう。
さすがの艇界ナンバーワン韋駄天である。
だが、それをSG初準優でやってのけたことが、
やっぱりスゴいことだと思う。明日もできるのか? やってしまうのか? できるのであれば、間違いなく展開のカギはこの男が握ることになる。レース後に少しだけ話した感じでは、現時点ではと断わってはおくが、まーったくノープレッシャーに思えたぞ。
山田哲也につづいて、12Rで濱野谷憲吾が優出を決めている。
東京支部からSG優勝戦に二人を送り込むなんて最近あったかしら? 東京在住の者とすれば、もちろん感慨深いことである。
濱野谷の今年の存在感の薄さには
モヤモヤしたものを抱いてもいたから、
共同会見に濱野谷があらわれた瞬間、これこれ、これだよなあ、
なんて思ったりもした。 10R発売中に行なわれたスタート練習。
参加した濱野谷は、100mほどの深い起こしを試していた。
まさか、前付け? スタート展示では内も譲る気配がなかったから
6コース回り。それが本番ではピット離れでのぞいて、結果5コース! といっても「進入は想定外ですよ(笑)。スタート展示が終わって、
6コースだなと思ってたから」とのこと。
本番で前付けをするつもりはなかったようだ。
ただ、スタート練習で深めのスロー起こしを試していたことが、
結果的に効いたということは言えるはず。
「明日はどこからでもスタートできるよう、いろんなところからやっておく」 進入想定を問われ、枠なりと答えている濱野谷だが、
同時に何が起こるかわからないということもよくわかっている。
優勝戦メンバーで登番がもっとも古い濱野谷だけに、
何かが起これば、6号艇だとしても怖い存在になる。
さて、やはり気になるのは川北浩貴。予選トップで準優1号艇。
多くの人から、「緊張しているだろうなあ」との言葉を聞いたが、
川北はしっかり逃げ切って、優勝戦のポールポジションもゲットした。「今でも緊張したままです。誰か解いてください(笑)」
優出共同会見で川北はそう言っており、
やっぱりド緊張状態で準優に臨んだようだ。
会見中もなんかそわそわした感じだったもんなあ。ならば明日も!?
このあたりは舟券を買ううえにおいても、
大きな考えどころになりそうだ。
ただ、ここで大きなポイントとなってくるのが、山崎智也だ。
今日も行動をともにすることが多く、
川北をほぐそうとしていたのは明らかだった。
もう一人、深川真二の存在も大きいようだ。
「山崎くんと深川くんが声をかけてくれた。ものすごく助かってますね」 たしかに機力も上位には違いないが、彼らの後押しを受け、
少しでも平常心に近づいて優勝戦のピットに入ることこそが、
川北の最大の切り札になるだろう。
(PHOTO/中尾茂幸=池田、太田、丸岡、山田 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)