田口節子がピリピリしているように見えた。
賞金女王決定戦、前検のピットでもっとも印象に残ったのはそれだ。
思い出すのは夏の女子王座決定戦。前検から実にリラックスし、
自然体だった田口に女王の風格を見たものだった。
女子戦では完全に格上の存在となったことを心強く思ったりもした
。だが、今日の田口はあの夏とは雰囲気が違った。
SGでの田口ともまた少し異質。一言で言えばやっぱり、
ピリピリしている、ということになる。 共同会見でも、
やけにぶっきらぼうだった。さっさと会見を終わらせたいといった風情にさえ見えた。「12人の中に入ったら、あまり良くないかもしれない」というモーターへの手応えも影響しているだろうか。
「行き足は悪くない。普通です」というコメントも
どこか投げやりに聞こえた。 僕は、これもまた女王の風格と思った。栄えある第1回賞金女王決定戦に、
賞金ランク1位で参戦するということ。重圧もあるだろう。
誰よりも熱い注目を浴びているという意識もあるだろう。
それは誰もが経験できるものではない。
田口節子だから、この立場を得たのだ。
それがあの日の田口と違う空気を作り出しているとするなら、
今日の田口節子はやはり風格をたたえたトップレディだったのだ。
そう思えば、“女王の不機嫌”はむしろこちらを
ゾクゾクさせるのである。
もう一人、やや不機嫌に見えたのは、
日高逸子だった。そう、トライアル初戦1号艇の聖女たちが、
納得の前検日を送っていないようだったのだ。
日高の場合は、明らかに機力劣勢。
「このままでは逃げ切れないと思います」
「あまりにも出ていないのでテンションが下がりました」
「今日の足ではぜんぜんダメ。レースになりません」
グレートマザーらしく、会見では快活に、微笑をたたえてはいたが、
出てくる言葉はネガティブなものばかり。
そして、「大整備になると思います」と言って、
さっさと席を立とうとしたのだった。
そのときの微笑は明らかに引きつっていたと思う。
会見後の日高は、整備室で機歴簿を覗き込んで、
今後の方向性を掴もうとしていた。明日は11Rまで
時間はたっぷりとある。きっとモーターと格闘している姿が見られるのだろう。
そういえば、平山智加はやけに神妙に見えた。
係留所からピットへと戻ってくる顔つきが、カタいように見えたのだ。
1号艇で迎えた夏の女子王座優勝戦の朝。
あのときと雰囲気が似ている。いや、むしろあの日のほうが
まだ表情が柔らかかったようにも思う。
それはプレッシャーと戦う姿でもあったわけで、
だとするなら今日の表情は重圧を感じているというのとも
また違うのだろう。普段の前検とはまるで違う進行で動いたことが、
この舞台の特別性を平山に感じさせたのか。
で、会見ではいつもの平山智加だったのだ。
リラックスし切っているとは言わないが、
穏やかで、丁寧で、優しげな平山智加。
「きちんとペラを叩けば、勝率通りの足
(実は12機の中でトップ)になる兆しはありますね」とのことだから、
気分が沈んでいることはありえないわけだ。
賞金王決定戦を何度か取材して得た経験則として
、「賞金王の舞台の特別性を意識し、
強く勝ちたいと欲する者ほど強い」というものがある。
たとえば初出場の選手が「意外と緊張しないですね」と口にすれば
するほど、実は無意識のうちに雰囲気に呑まれてしまう、というか。
もし平山が“聖戦”と真っ向から向き合っているのだとすれば、
その機力も味方して、夏のリベンジのチャンスをつかむのではないかと思った。
全員の会見が終わり、12聖女はそれぞれの作業を始めていた。
やはりプロペラと向き合う選手が多く、
ペラ調整室から出てくる姿は頻繁に見かけられた。
そんななか、香川素子はボートのカウリングのねじを締め直していた。決定戦で使用されるボートは特別仕様。
カウリングは艇番に合わせたカラーリングがなされている。
もちろん、係の方も入念に装着しているので、
ねじが緩んでいるということはありえない。
それでも、さらに力いっぱい、ねじを締め直すという選手は、
SGの優勝戦の朝などにも見かけることはある。
今垣光太郎もそうだし、中村有裕もそうだった。
白井英治もそうかな。彼らなりに理由もこだわりもあるわけだが、
僕にはそれが「思いを込めた作業」と見える。
ドライバーをひとつ回すごとに、闘志が注入されていく、というか。
香川の姿も、もちろん同様に見えた。
トライアルは2戦目、3戦目は枠番抽選。
カウリングも日替わりだ。明日からも毎日、
香川の“ねじ締め”が見られるのだろう。
中谷朋子も同じころに、自艇のもとにいた。
中谷は入念にボートの点検をしており、
少しの塵も見逃さじといった雰囲気で、
相棒を丁寧に磨き上げていた。
会見では唸らされる言葉も口にしている。
「枠番抽選で好枠が引けなかったときでも、
思い切って攻めるレースをしたいんです」
多くの選手が「抽選運」を口にする。
たしかに、この短期決戦のカギを握る、
大きな要素のひとつであることは間違いない。
賞金王決定戦を見て、同じ選手である彼女たちも
そう感じているだろう。全員が初体験のこのルールだけに、
さらに抽選への意識も強くなっているかもしれない。
しかし、中谷は運は運として、どの枠番を引こうが
自分らしいレースをすることを信念としているのだ。
つまり、何号艇だろうと勝つしかない、と決意している。
これは強いぞ。6号艇を引いたとしても、
気持ちが後ろに動くことはないからだ。
えてして1号艇引いたりするんだよね、こういう人が。
足は、ペラを大幅に叩いたことで彼女の身上である乗り心地が来たという。戦うための武器も手に入れたのだ。
ベスト12入りするまでの勢いも含めて、
台風の目になるのは中谷朋子だと思うぞ。
その他の7人についても。モーター抽選で、
誰もが欲しがる16号機を2分の1の確率で逃した寺田千恵は、
壇上で「72号機が欲しかったんです」と大笑いしながら言っている。
誰もが負け惜しみだと感じたわけだが、
「本当に72号機は引きたいモーターだったんですよ。
(以前乗ったことがある)須藤博倫くんとウチの人(立間充宏)が
一緒の節になって、ペラを見せてもらったら、
私の最近の仕上がりに似てるって言ってたんですよ。
だったら、須藤くんが引いたモーターがいいなって」。
これがビンゴ。行き足から伸びはいいそうで、
角ひとみも「スタート練習で寺田さんがのぞいてくる感じだった」と
証言している。
その16号機を引き当てた、というか、
最後に残っていた16号機が回ってきた宇野弥生は、
「乗り心地がバツグン」とのこと。
スタート決めて攻める弥生さんにとっては、
絶好のアシではなかろうか。
会見ではスポーツ報知・藤原記者の「スタート目標」の質問に、
「05行けたらベストだと思います」と堂々宣言!
藤原記者が言わせちゃった感じもするのだが(笑)、
その力強い言葉はやはり気持ちがいい。
その16号機以上に注目を集めそうなのは、41号機。三浦永理だ。
会見でも他の選手の口から山ほど
「三浦さん」という言葉が飛び出した。
もちろんそのあとにつづくのは「が出ていた」だ。
その手応えを自身も得ているからだろう、三浦の表情は柔らかい。
会見後はペラ調整室へと入っていったが、
作業を急いでいる様子は少しもなかった。
横西奏恵も余裕を感じた一人。というか、
女子戦ではいつもこんな感じ。エンジンがひどいときは
さすがに険しい表情をしていることもあるが、田口同様、
ここでは堂々の格上なのだ。もちろん、他選手を見降してはいない。「舐めてかかると痛い目にあう人たちですから」と語っているのだ。
ま、この言葉自体が格上にしかありえないものではありますね。
ちなみに、モーターはもともと「伸び型」の評価だったが、
乗ってみたら「出足型みたい」とのことだった。
あと、モーターを格納したのは、12人のなかでは
最初だったように思う(細かくチェックしていたわけではないが、
もう格納しちゃうんだあ、と思った)。
角ひとみも、わりと余裕の表情に見えた。
もっとも、ここに入ればベテランの域に含まれる角だから、
慌てふためくことなどありえない。
足的にも「乗り心地は問題ない」とのことで、
ドタバタする必要はなさそうだ。
向井美鈴はハスキーボイス(笑)。それがまた、やけにかわいい。
そして、ペラを見つめる視線がなんとも鋭い。
整備室内のペラ調整所でゲージを当てている姿があったが、
足にはある程度手応えがあったようで、
まずはそのラインを細かくチェックしているようであった。
最後に山川美由紀。会見では手応えを問われて、
「う~ん、ですね」と苦笑いを浮かべた。
まず、伸びが今一つで、シリーズ組と足合わせしても
伸びられたそうだ。さらに、スタート練習では
「2回ブルが入った」そうで、伸びのなさよりもこちらを優先して
解消しなければ、と語っていた。明日は忙しくなりそうだなあ。
会見後もさっそくペラを叩いていて、早くも臨戦態勢だ。
といっても、他選手と笑顔を交わしたりもしていて、
雰囲気は悪くない。
こんな修羅場など何度もくぐってきた山川だから、
ピリピリする必要もないのだろう。女王3度戴冠の風格、である。
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)