山崎智也が一味違う。
会見でコース獲りを問われて、満を持した雰囲気で
「おとなしく6コースには行かないと思います」と言った。
つまりは、前付け宣言である。他の5人が
黙って入れるとは思わないが、確実に内をうかがう動きに出る。
そもそも、智也は6コースが苦手ではない。
07年賞金王シリーズ戦での優勝は、
舞台が福岡だったとはいえ6コースからのまくり差しである。
智也の口から、6コースは嫌いじゃない、
という言葉も聞いたことがある。
だが、明日は6コースでいいとは少しも思っていないのだ。
明らかに、いつもの智也ではない。
「いろいろあるから、気合は違いますよ。
もちろん6年ぶりということもある。
(賞金王の)経験もこの中では多いほうなんだから、
その分有利でしょ」
そう、松井繁の17回目出場は別格として、
智也もこれが10回目の出場。今垣光太郎が11回目となっているが、
1回は第3戦目からの繰り上がり出場だったから、
それを除けば智也と今垣が2位タイの出場回数なのである。
朝、「優勝してインタビューやるよ」と智也は言った。
会見後、信じてるから、と伝えると「任せといて」と返してきた。
やっぱり一味違う。そして、あの強い山崎智也が帰ってきた、
と思った。
井口佳典の断言も凄まじかった。
「明日は自信あります。勝ちます」
もともとビッグマウスで鳴らす井口だが、
ここまで言い切るとは。つまり、前検で好感触を得たということだ。
いや、絶好の感触、かな。もともと自信をもって
レースに臨むタイプの井口、その自信を後押しするだけの気配が
相棒にあったということだ。 その感触を反映してか、
気分も上々の様子だった。10mほど離れた場所でこちらに気づくと、
カッと目を見開いてニッコリ。すれ違いざまにはよくあることだが、
距離がそれなりにありながら、その仕草が出ようとは思わなかった。
明日は1号艇ということもあっての
「自信あります」だったかもしれないが、
2戦目以降、どの枠に入ろうと同じ言葉を口にするのではないか。
そう思わせるだけの力強さが、井口には確固として備わっている。
手応えを感じているようなのは、馬袋義則もそうだった。
そのパワーを「暴れ馬」と称したのだ。
「パワーを持て余しているのか、
僕のパワーが足りないのか」と言って目尻を下げたが、
ということはペラが合えばオルフェーヴルのような
最強馬になるということではないか。
「特別なレースとしみじみ感じてます。
今のところは落ち着いていますが、
舞い上がらずにひとつひとつ噛み締めながら過ごしたい」と
賞金王決定戦の舞台の特殊性を自覚しているあたりにも好感。
おそらくは伏兵という評価だろうが、
決して侮れない存在になってきたぞ。
そういえば、平尾崇典が賞金王ジャンパーではなく、
普段から見かけるSGジャンパー着用の姿で前検を過ごしていた。
何か意味があるのだろうか。
「いや、尻などにつける当て布をつけてないので、
破れやすいじゃないですか。だから、今節は着ないつもりです。
次が地元なので、そのときに着て、
若い連中にオラオラって見せつけます(笑)」
実は平尾とはこれまで言葉を交わした記憶はほとんどないが、
なんとも丁寧で、そのうえ軽妙な会話が実に心地よかった。
「もっと緊張してなければいけないと思ってるんですけど」
というほどリラックスもしており、しかしその言葉に従えば、
明日はまた違う平尾崇典に会えるのだろう。
賞金王初出場の好漢2人の戦いぶりがなんとも楽しみになってきた。
で、好漢といえば、丸岡正典。
8R発売中に行なわれたトライアル11Rのスタート練習、
タイム測定を眺めていたら、にこにこにこっと声をかけてきた。
「今回は飲みにいけないっすね、ナハハハっ!」
実は昨年の賞金王決定戦の期間中、
丸岡正典と取材班は酒席をともにしている。丸
岡はフライング休みで、中尾カメラマンとは
競馬を通して昵懇の間柄、一日くらい飲みに行きましょう
ということで、同席させてもらった次第だ。
しかもぜーんぶ丸ちゃんの奢り!
ほんとにご馳走様でした。
丸ちゃん行きつけの店、美味かったなあ~。
でも今年はそれができないですね、と丸ちゃんは言う。
ぜんぜんいいじゃないっすか、そのほうが!
なんたって、今年は賞金王決定戦に出場なのだ。
一緒に飲めるのも嬉しいが、丸ちゃんが賞金王のピットにいることは
もっと嬉しい。「そうっすか。飲みに行きたいじゃないっすか、
ナハハハっ!」
ならば丸ちゃん、今節1億円稼いで、
またご馳走してくださいな。次のSGは平和島、
取材班の地元です。普段は行けない
あの高そうな店に連れてってください(笑)。
さて、会見の様子もふまえつつ、
今日は全員に触れておこう。触れるのだが、
ここまで記していない7人は、決して強気な言葉を口にしていない。
峰竜太が「直線で気持ち余裕があった」と語ったが、
ポジティブな言葉で自分を高めていくタイプだけに、
額面通りに受け取っていいのかどうかはなんとも言えない。
とはいえ、1月に生まれるという初めての子供のこと、
今朝まで一緒だったという奥さんのことなどに話が及ぶと、
照れもありながら、最高の笑顔。その表情を出せるのなら、
テンパってはいないのだろう。
太田和美は会見では「少し伸びられるな」とのこと。
また、松井繁は「ペラが合ってない状態ですね」。
この二人のことだから、明日のレースまでにはきっと
合わせてくるのだろうが、前検時点では表情が冴えているとも
言い難いところがある。
二人は、スタート練習とタイム測定のあとも、
モーターを格納しなかった。試運転を続けたのだ。
決定戦前検はこれが許されるため、
毎年何人かの選手が遅い時間帯まで走り続けているが、
今年は松井と太田(と馬袋も)。太田は12R発売中まで走っていた。
松井は、10R発売中に切り上げているが、
その後はピットを駆けまわって作業は続行。
池上カメラマンによれば「ギアケースやる時間あるかな~」と
呟いていたそうで、ギリギリまで時間を費やして、
準備を整える心づもりなのであった。
白井英治の言葉で気になったのは、
足合わせでは「今村さんのほうが良かった」だ。
白井の気配がいまひとつなのか、
今村豊が決定戦組以上に噴いているのか。
白井自身は「決定戦組で見劣りする感じはない」とのことだが、
やはり今村と同レベルにまでは引き上げたいところ。
明日は一日、忙しく過ごす可能性が大きい。
坪井康晴は「乗り心地と舟の向きが、
いつもの住之江に比べてかなりよくて、
そこは気に入っている」と言っている。だが、
パワー自体のほうはまだハッキリと好感触とは言えない模様。
もっとも、乗り心地と舟の向きさえあれば、
坪井のテクは充分に生きるのではないかという気もするが。
瓜生正義は「ターン回りが僕の好きな感じじゃない」と一言。
だが、最近の前検での瓜生の常套句のようにも思えたりする。
そして、それを初日にしっかり自分好みのアシにシフトさせるのが
毎度のような気もする。瓜生のモーターは峰竜太が
高松宮記念で優勝した好機。
ただ、「最近の峰のラインと僕のラインは違いますから」と
峰が見せた足色と同じになるかは微妙なところだ。
明日の気配は要チェック。素性がいいのは間違いないのだから、
急上昇していることもありうるだろう。
最後に今垣光太郎。エース機34号機を引き当てて
一躍注目を浴びているが、前操者がチルト0度で乗っていたものを
マイナス0・5度に下げ、それでは重かったので
明日は0度にするかも、でもマイナスで回転を上げたほうが
いいかも……とまだハッキリした手応えを得ていない様子。
そして、すでに気持ちは明日に向いていて、
頭の中はどう仕上げていくかで埋め尽くされているようだ。
住之江入りする前に神社にお参りにいったらしい今垣は、
その神社の名前を問われて「…………度忘れしました」。
必死に思い出そうとして思い出せず、
スポーツ紙の記者さんが候補をいくつも提示しても
まるで記憶が蘇ってこない、という和やかな光景があったのだが、
僕は「今節中には思い出せないかも」と思ったりした。
脳みそがそちら方面には働いていないように見えたからだ。
それほどまでにレースに、モーターに、プロペラに
思考が特化されている。そういうまったくもって
光ちゃんらしい姿に僕には思えたのだ。
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)