BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――ハートの強さ

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 展示からピットに戻ってきた江口晃生とふと目が合った。レース直前、しかも展示直後のこと。江口の顔は鋭く光っていたのだが、こちらの視線に気づいた瞬間、江口はニコッと目を細めた。そう、ニコッと。

 痺れた。この局面で、そんなに優しく柔らかく笑えるのか。大げさに言えば、江口に死角はいっさいないと思えた。

「夢先生(江口が参加した、スポーツ選手が東北の子供を訪ねるイベント)で子供たちが僕の話に共感してくれるんです。それで、ネットでレースを見るっていうから、恥ずかしいレースはできないと思ってました」

 江口には、社会貢献活動を通じて背負うものがあった。

「レース場に来たら、24時間、勝つために『どうしたらエンジンがもっと出るんだろう』と考え、夢の中にまで出てきながら、やっている」

 すべての時間をレースに捧げ、徹底的に自分を追い込んでいるのだ。そういえば昨日の会見では「(名人戦は)力が入ってしまうし、珍しく緊張する」とも言っていた。

 そういう人が、どうしてレースを間近に控え、もっともプレッシャーがかかると言われる白いカポックを着ながら、あんなに素敵な笑顔を作れるのだろう。

 江口晃生の最大の武器は、その心の強さにあるのではないか、と思った。

 昨日も書いたとおり、江口は準優を前にペラを大幅に叩き変えた。4日目までの足は良かったのに、さらに上を求めて、それまでの感触の良さを捨てたのだ。それが成功した、と昨日の江口は言った。今朝、江口はふたたびペラを叩き変えたという。それも4日目までの方向性に戻した、というのだ。

 もちろん悩みに悩んだそうだ。そりゃ悩む。前の日に大きな方向転換をし、それが成功し、今日迎える戦いは優勝戦。準優のリプレイを見て落合敬一には足負けしてるのではないかと思い至ったことで再調整を考えたのだそうだが、それにしたって、準優はその落合をしりぞけているのだから、また4日目に戻す決心は普通はつかない。

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 結果として、攻めてきた今村豊を牽制し、落合には差させることなくもたせたのだから、叩き変えて正解だったということだろう。だが、僕にはやはり、「ペラ叩いて仕上がった」ことより「ペラを叩く決心をした」ことのほうが大きな勝因と思えてならない。つまりは、心の強さである。

 きっと、夢先生などの活動で背負うものができたことや、もしかしたら大学院生を経験したことが、江口のハートに力を与えたのだろう。もともとピットではいつも柔和な顔を見せてくれて、挨拶などすればニコリと笑ってくれて、話しかければ丁寧に言葉を紡いでくれた人である。そして、レースになれば鋭い目と姿勢で臨み、特に桐生のSGでは鬼気迫るものを感じたこともあった。そうした江口が、さらにメンタルを強く鍛え上げ、そして今日、名人位を手にした。今日の江口の笑顔や言葉を思い返せば、僕らはSG2冠を達成した頃よりもさらに強くなった江口晃生を今日、確認したということになるだろう。

 来月はSG笹川賞にも登場する。名人がSGでどんな強さを見せつけてくれるのか。僕は今から待ち遠しくてたまらなくなった。

 

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 敗者についても触れておこう。悔恨を思い切りあらわしていた選手は見当たらなかったが、表情がいちばんカタかったのはやはり、スタートで悔いを残してしまった長谷川巌だった。新良一規が「どうしたぁ~。(起こしで)鳴いたか?」と心配して声をかけていたが、長谷川はただ首をひねるのみ。思い通りの戦いができないというのは勝負にはつきものだが、その端緒にさえたどり着けなかったことは、ひたすら不本意に違いない。表情すら奪われるのも当然だったと思う。

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 日高逸子も、2着という上々の結果ながら、それに満足する様子は見せず、ややカタめの表情に見えた。女流名人誕生にあと一歩だったのだから、かえって悔しい敗戦だっただろう。ただ、金子良昭がやってきて、からかい混じりに祝福すると、グレートマザーらしい笑顔も見せていた。次は偉業達成の笑顔を見たいですね。ちなみに金子は、二橋学のエンジン吊りに同期・江口のモーターとボートなどの片づけと、レース後は八面六臂の活躍だった。おつかれさまです!

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 その金子がなぜか「4だよ、4!」と喜んでいた、4着の二橋学は、その声にこたえてか、大声を張り上げていた。ヘルメットをかぶったままだったので、声がくぐもって何を言っているのかはよくわからなかったが、初めてのGⅠ優勝戦を健闘した高揚感だっただろうか。二橋は現在B1級だが、近況好調でA1級も見える位置にいる。ぜひ来年の名人戦でも、その姿を見せてほしいです!

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 落合敬一は今日も折り目正しかった。今村が攻め、江口が張り、一瞬勝ち筋が見えただろうとも思うのだが、悔しさを表に出すよりは、先輩や仲間に丁寧に丁寧に挨拶をするほうを優先しているようだった。今村にも歩み寄って、90度以上腰を折る。今村にねぎらわれて笑顔が出たが、さらにからかわれて苦笑も浮かんでいた。本音は苦笑のほうか? 

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 最後に今村豊。レース後は、悔しくないわけがなかろうに、報道陣を前に冗談を飛ばしまくって、みんなを笑わせていた。「攻めた結果だから仕方ない」と、悔いのない戦いはできたようだが、悔いのないことと悔しいということはまた別である。だというのに、おどけてみせる今村豊はやっぱり素敵だ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)