1R展示後のピットは実に静かだった。優勝戦メンバーはスタート特訓のあとはマイペースに過ごしているようで、姿がなかなか見当たらない。唯一、篠崎元志が取材を受けている姿があり、ずいぶんとリラックスした受け答えの様子であった。
篠崎には、昨日の超絶まくり差しの余韻というか、それをいい意味で引きずっての高揚感というか、とにかく弾むようなものがあるようだった。歩様は急いでいるわけでもないのにスピードがあり、足取り自体も力強い。あれだけの会心の一撃は、本人のメンタルに好ましい影響を与えて当然だろう。競馬のパドックでいえば「バカによく見える」状態。序盤のピットの様子節イチをあげるなら、篠崎元志で間違いないだろう。
他の5人は、それぞれ徐々にピットにも姿を見せるようになったが、基本的には普段と変わらぬ様子、ということになるだろうか。
淡々とした中島孝平は、たしかに昨日も一昨日も見た中島孝平であり、篠崎のような高揚感はまるで伝わってこない。5号艇の気楽さというものもあるだろう。同時に、いつもの作業をいつも通りに粛々とこなしているということでもあり、これも好ましい振る舞いと言うべきであろう。
平石和男もいつも通りで、これには百戦錬磨の凄みを感じる。ペラ調整がおもな作業であったが、2R発売中にはゲージ擦りのテーブルにもついている。何度も言うが、ゲージ擦りとは優先順位が高い作業ではなく、これに取り掛かるということは機力的な不安がほとんどないことを意味する。昨日とくらべて気温が下がっている最終日だが、気候の変化にも節イチパワーは揺らぐことなし、ということなのだろう。
新田雄史も、1R前あたりからペラ調整に励んでいる。2R、たまたま並んでレースを観戦したのだが、師匠の井口佳典が逃げ切ったのを確信すると、「よしっ!」と小さく唸っていた。今日はその師匠を待たせることになるかもしれないわけだが、新田が抜け出す瞬間には井口が「よぉぉぉぉしっ!」と叫ぶことになるだろう。
普段とやや違うというなら、菊地孝平か。いや、かつてはそういう表情が多かったのだが、笑顔がやけに目立っていたのだ。昨日の敗戦で傷んだ心を癒し、切り替えることはできただろうか。今節は前検日から鋭い表情=菊地モードばかりを目にしてきたなか、笑顔が多く見られたということはかえって優勝戦に懸ける思いの裏返しと言うべきなのだろうか。服部幸男が自分のほうから話しかける姿を見ると、偉大なる先輩も菊地の心中を慮っているのだと裏読みしたくなるのだが。
では毒島誠はどうかというと、僕は勝手に心配になってしまったのだ。リラックスした様子であるのは確か。それだけ見れば、今のところは重圧を感じてはいないようにも思える。ただ、「気分は?」と問いかけたときに、「そんなには変わらないですけどね」と答えたことが引っかかったのだ。このところ、若武者がSG優勝戦1号艇をモノにできなかったとき、そのいずれもが本当はあっておかしくない緊張感を否定していた。女子王座の平山智加は、敗れはしたものの「緊張感はあります」と当日の朝ハッキリと口にしている。そのほうがレースに臨んでは強いと僕は思っているのだ。そもそも僕は、「1号艇で迎えた気分はどうですか?」と聞いている。しかし毒島は「緊張していますか?」という質問だと受け取っている。そのニュアンスがゼロだったとは言わないが、毒島は周囲の誰もがそうした目で自分を見ているということを自覚しているのだ。そして、緊張がそれほどでもない、と答えている。用意されていた答え、そう考えるのは裏読みが過ぎるだろうか。
ともあれ、僕ももちろん毒島に期待している。ニューヒーローの誕生を待っている。大峯豊も、すれ違いざま「ブスに優勝してほしい!」とこちらに向かって叫んだ。大先輩の青山登さんもなんかソワソワしている。みんな、好漢・毒島の壮挙を楽しみにしているのだ。さまざまな宿命を乗り越えて、SG覇者の仲間入りを果たせるか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=平石 黒須田=毒島 TEXT/黒須田)