優勝戦組がボートを展示ピットに入れたあとは、もうペラ調整所を使う選手はいない。というわけで、片付けが行なわれるわけだが、今日それを始めたのは、なんと瓜生正義だった。その時点で、瓜生はまだボートを着水してはいない。つまり、まだ展示ピットの1号艇の場所は空である。だが、自分はもうペラを叩くことはない。だから片付けよう。そういうことなのだろうか。
何も優勝戦に出場する選手が(しかも1号艇)が片付け作業をする必要はない。そうでなくたって、それは若手の仕事である。というわけで、それを目にした峰竜太らがドドドッとペラ室に突入、寺田千恵まで加わって、瓜生をペラ室から追い出して作業を引き継いでいる。テラッチも別にしなくていいんだけど、そりゃあ優勝戦1号艇に気を遣うわけである。
こういう姿を見るたびに、瓜生正義ってなんでこんなに強いんだろう、と思ってしまう。別に強者=善人じゃないなんて言うつもりはないけど、勝負の世界ではとことん人の好い選手は損をするというのが常識ではないのか。瓜生が艇界の七不思議「無冠の帝王」だったころ、誰もが「瓜生正義は優しすぎる」と言っていたわけだが、その頃から優しさパラメータが下がったわけじゃないのに、今の瓜生は強すぎる。前にも書いたかもしれないけど、まったくもってミスター・パーフェクトなのである。
「レーサーをやめた後も、自分を磨いていきたい」と瓜生は言う。本人は完璧だなんてまるで思っていないわけだ。ということは、瓜生正義に関して言えば、この人柄の素晴らしさが強さの原動力なのか。だとするなら、他に類を見ない強者像だぞ。
レース後の瓜生は、実に淡々としており、歓喜を爆発させるでもなく、しかし柔らかな笑顔をたたえており、祝福する仲間や我々を幸せな気分にさせていた。つまり、これまでのSG優勝後の瓜生と何も変わらない姿であった。僕らは今後、何度も瓜生が醸し出すこの幸福感を味わうことになるだろう。そして、それを感じるたび、「強いな~……」と感嘆することになるだろう。例外があるとするなら、「レーサーとしての目標」という賞金王優勝のときだろうか。いや、賞金王勝っても、何も変わらないような気もするな。住之江で、それを確かめることになるのだろうか。
瓜生の堂々たるイン逃げに跳ね返されてしまった5人の戦士は、レース後についていえば、わりと淡々としていたように思う。2着の中澤和志はまさにそれしか表現のしようがない様子で、優勝戦後の一連の動きをこなしている。もちろん悔しくないわけがないのだが、それをあらわにしないのも中澤らしさ。久々にSG優勝戦の舞台で存在感を示してくれたことを、まずは喜びたい。
松井繁は、カポックを脱いでモーター返納作業に向かう際には、笑顔を見せている。そりゃあ純然たる笑顔とは言えないけれども、やれることはやったという思いはあるのだろう。機力劣勢のなか、「優勝戦に乗れたことがラッキー」と昨日は言っている。そのなかでも必死でVを奪いにいき、しかしパワー差を埋め切ることはできなかった。その意味では、「やっぱりダメだったか……」の笑顔でもあっただろうか。わりとサバサバしていたのは、ちょっと印象に残った。
田村隆信も、どちらかといえば落ち着いた様子だった。展開を動かしたのは、5カドに引いた田村。スリット後は伸びて行ったが、瓜生をとらえるまではいかず、しかし松井同様、やるべきことはやったという感慨はあったに違いない。田村の攻撃は真っ先にカド受けの松井をとらえているわけだが、二人でその瞬間を振り返っているときにはお互いに笑顔でもあった。満足はしていないけれども、それなりに納得。そんなところだろうか。
もっとも悔しそうに見えたのは、今村暢孝か。昨日の会見で見せたゴキゲンモードとは正反対の様子で、もちろん笑顔は見えていない。先に整備室を出た松井繁に「お疲れ様でした~」と声をかけられたときに、わずかに笑みが浮かんだ程度だ。レースの様子を平田忠則に話しかけていて、平田も話を聞きながら悔しそうな表情になっていく。ツキ一本で優勝できる気がする、と言っていた今村だが、実際は死力を尽くして優勝をもぎ取りにいったのである。
それにしても、山口達也は大物だぞ。あの進入、誰が想像しただろうか。譲る気がないとは確かに言っていたが、自分から2コースを獲りにいくとは。スタート展示では瓜生もさすがに慌てたようだ。SG2度目の出場、初優出。だというのに、まったく怯むことのない戦いぶりは見事と言うしかない。結果は出なかったけれども、それ以上のものを山口は見せてくれたと思う。
ただし、もちろん山口はそれだけでは納得していない。やはり淡々としたレース後ではあったものの、山口の話を聞いていた茅原悠紀の顔がみるみる険しくなっていったのだ。傍目からは山口よりも茅原のほうが悔しそうで、表情には出ていなかったけれども、山口の心中もそういうものだっただろう。
正直に言って、シリーズ前は伏兵の一人だった。開幕してからも、若手の健闘としか思っていなかったところがある。だが、一節が終わってみれば、これだけは確実に言える。山口達也を、そのあまりに男前で獰猛な戦いっぷりを、これから何度でもSGで見たい!
(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)