『無冠の帝王のバトンタッチ』
12R優勝戦 進入順
①仲口博崇(愛知)14
④池田浩二(愛知)16
②茅原悠紀(岡山)16
③菊地孝平(静岡)18
⑤井口佳典(三重)16
⑥平尾崇典(岡山)21
本当に、シンプルで美しいシナリオが完成してしまった。8月、「SGにもっとも近い男」「無冠の帝王」と呼ばれた白井英治が、ついにSG制覇を成し遂げた。その優勝によって、ダービーへの繰り上がり出走権利を得たのが、仲口博崇だった。白井の前から「無冠の帝王」と呼ばれた男が、補欠から正規のメンバーになった。そして、「常滑のモンスター」と呼ばれる1号機をゲット。周囲は俄然盛り上がったし、私も初日のTOPICSとして一連の流れを書かせてもらった。これで仲口が優勝したら……。
だが、それからの5日間が、本当の勝負なのだ。仲口にとって、どれほど長い5日間だったか。この間、私は何人何十人の人たちからネガティヴな言葉を聞いた。
「今さら、優勝は無理やろ」
「仲口のことだから、どこかで何かをしでかすって」
「これで優勝できるなら、とっくにしてるわ」
それらの声は、不思議なことに仲口が日々しっかり走れば走るほど、徐々に増えていった。ダントツの勝率で予選を突破しても、さらに増えた。
「3回連続逃げきるなんて、絶対に無理だって」
「むしろ、4位とか5位くらいの気楽な順位のほうがよかったのに、トップ通過じゃあ優勝は無理だな」
支離滅裂である。8月の白井についても少なからず同じような声を聞いたから、私の耳は慣れっこになっていた。そう口にする人たちは、仲口を嫌っているのでもないし、本気の本気で言っているのでもない。むしろ、愛情や期待や応援の裏返しなのだ。本当は優勝してほしい。どの顔にも、そう書いてあった。だが、内心でそう思いつつ、あまりにも長い年月が人々に裏腹の思いを抱かせるのだ。
やっぱり、エース機でも予選トップでも、今回もダメなんかなぁ……。
そんな人々の複雑な思いを尻目に、仲口は準優も突破した。コンマ07での完璧な逃げきりだった。あれよあれよの優勝戦1号艇。おそらく、もっとも複雑な思いを抱いていたのは、仲口本人だったろう。順調すぎるくらい順調にSG初優勝へと近づいていく自分に、「本当に優勝できるのか?」と自問自答したに違いない。白井のときにも感じたことだが、白井や仲口自身が不安に思っていることを、人々が代弁しているような気がした。
そして今日、優勝戦当日。常滑水面に、ありえないような異変が起きた。1号艇=イン選手が負ける、負ける、負ける。11Rの瓜生正義まで山田康二にズッポリ差され、ついに1Rから11連敗。ここ数年のSGでは、記憶にないようなイン受難の水面と化していた。
だがしかし、記者席にいても喫煙所にいても、それまでのようなネガティブな声は聞こえない。「仲口だけが勝てるわけねえだろ」とか「こんな日に優勝戦とは、可哀想に」とか、誰も言わない。多くの人が、そんな事象にはお構いなしに「仲口から、どのヒモが美味しいか」みたいなことを話していた。もう、裏腹な思いを口にする段階を超えたのだ。そう思った。
優勝戦本番、常滑水面は雨が降りしきり、空は暗かった。仲口への試練は続く。同郷の池田浩二が、インを奪うほどの勢いで前付けに来た。すかさずイン水域に入り込んだ仲口だったが、もちろん艇はずんずん流れてゆく。しかも、2コース池田のほうが半艇身ほど先にいて、スタート勘の掴みにくい進入になった。ただでさえ暗いのに。
これで、しっかり行けるのか、仲口!?
全国の何十万人かの人々が、この進入を見て同じことを思っただろう。私も思った。
「行けーーーー、仲口!!!!」
12秒針が回った瞬間、そんな思いを引き裂くように誰かが叫んだ。
「ナカグチッ!!」
また、誰かが叫んだ。仲口は行った。誰よりも早いタイミングでスリットを通過した。大歓声。1マークをしっかり回る。回った瞬間に、1号機が唸る。たちまち2艇身の差。準優とまったく同じ光景だ。さらなる大歓声。
決まった。あとはひとり旅だ。
そう確信したが、それは早合点だった。王国の若きエース茅原が、鬼気迫る勢いで仲口を追い続けている。周回ごとに、その差は少しずつ詰まってゆく。もちろん、仲口はその迫るモーター音を肌の全部で感じていた。ぶん回して千切り捨てたい。そう思ったに違いない。が、暗すぎて水面の波が見えず、むしろそうすることが危険だと判断した(本人談)。慎重にターンマークを旋回して、最後は1艇身差のアドバンテージを守ってゴールを通過した。
やっと、勝てた。
ゴールの瞬間の思いをそう振り返る。そのまんまの思いだったろう。スタンドの観衆は、そのゴールを暖かく迎えた。白井英治のときと同じく、あっちこちから「よかったね光線」が乱反射していた。単なる「おめでとう光線」ではなく、より親近感の強い「よかったね」光線だ。ただ、何人かの若者たちが絶叫していたものの、ロック会場のようだった白井のそれとは違っていた。この差はなんだろう。私はぼんやりあたりを見回して、なんとなくわかった気がした。スタンドには、若者と同じくらいかもっと多いくらいのオッサンたちが立っていた。おじいちゃんと呼ぶべき人たちも多かった。彼らが、声も挙げず、拳も振り上げず、じっと仲口の勇姿を見つめていた。まさに、目を細めながら。
仲口と白井では「SGにもっとも近い男」と呼ばれた時期も時代も違うのだ。
そう思った。白井のときをロックコンサートとするなら、今日のそれは演歌のようなしみじみとした趣があった。
「夢にまで見た舞台です。ここから、(ファンの姿を)見てみたかった」
表彰式の舞台に立った仲口も、やっぱり演歌歌手のように静かにしみじみそう言った。『無冠の帝王』白井から『無冠の帝王』仲口へのSG優勝のバトンタッチ。その時系列が逆行していることを実感しながら、だからこその仲口の重く深い思いを噛み締めていた。地元水面、1号機、予選トップ、準優圧勝、1号艇11連敗……すべてが心の重圧になりそうな要素を、すべて完璧に克服してのSG初優勝。もう、誰も「仲口のハートは弱い」とは言わないだろう。仲口は自分自身の指で『無冠の帝王のバトンタッチ』を完結まで書き下ろしたのである。
「8月の英治を見て、いいなと思ったんですけど、まさかここで僕が獲るとは……ちょっと運命めいたものは感じますね」
レース後の共同インタビューで、仲口は静かにこう言った。(photos/シギー中尾、text/畠山)