松井繁に出迎えられた石野貴之は、悔しさをまるで隠そうともせずに顔を歪めた。展示から戻ってきたとき、11Rを戦い終えた松井にエールを送られた石野は、左手をあげて笑顔で応えている。レース後は祝福にやはり笑顔で応える、というイメージをしていたはずが、まったく逆になってしまった。その後は、石野の表情は一気にカタくなった。表彰式をご覧になった方は、憮然としているようにも見える石野の顔を見たことだろう。負けて悔しい、負けた自分が許せない、そんな敗戦だったのである。
敗者の他4人も、もちろんそれぞれに悔し気な表情を見せてはいた。茅原悠紀も怒ったような顔をしていたし、長田頼宗は苦笑いで首をひねっている。茅原はほぼ見せ場も作れず、逆に長田はおおいに見せ場を作って「もしや!」という瞬間もあった。その敗れ方がストレートに反映した表情だったと思う。
柳沢一は穏やかな表情を見せていたが、ヘルメットをとったときには疲れのようなものが見えた気がした。それは疲れではなく、結果への不満であろう。魚谷智之はヘルメットを脱ぐと汗だくで、まるで納得できないという顔を見せた。1マークで握って攻めたのは魚谷だが、やるだけやったなどという気持ちにはなっていないだろう。
彼ら4人の悔しがり方と、石野のそれはやはり何かが違った。1号艇で敗れたこともそうだし、いったんは勝利が見えたであろうから、当然そうなる。それでもやっぱり石野貴之は強かった、と言っても何の慰めにもなるまい。これが糧になるなんて陳腐な言い方は当てはまらないレベルの選手でもある。それでも、この痛みを経験したことで、いずれこの借りを何倍返しにもすることだろう。今日はただ、石野の鬼のような表情を僕も記憶に刻み込みたい。
菊地孝平の雰囲気がいいな、というのは展示後にズズンと胸に伝わった。工具を整備室へと置きに行く足取りが、とてつもなく力強かったのだ。当然スピードも上がる。先に整備室に向かっていた長田をあっさり追い越していた。足合わせなら8艇身ほどもやっつけた計算になる。
かといって、バッキバキに力が入っているようにも見えなかった。表情には、むしろ柔らかさも感じられた。「予備3位で、本来は来られなかったSG。だから硬くなりすぎないように心がけた」とコメントしているが、それが自然に実践されていた。
それが勝因ではもちろんなく、素晴らしいレースをやってのけたから優勝できたわけだが、しかしそのメンタリティが逆転ターンを、あるいはバックでのポジショニングを、そのために打った一手を、実現させたというのは言えるはずである。
凱旋した菊地は、まず同期の坪井康晴と抱き合い、原田幸哉の祝福を受け、毒島誠とは手を振り合い、そのほかにも多くの選手から声をかけられ、一気にピットを祝祭ムードにしてしまった。菊地の目は興奮気味と見えるほど喜びをたたえており、それはそこにいるすべてに伝染したようだった。素晴らしいレースを見たという興奮と菊地の興奮がシンクロしたのだ。言ってみれば、菊地はピットの空気を完全に支配した。なかなかできることではない。
菊地は次にいつ、そんな芸当を見せてくれるだろうか。賞金トップでグランプリに行き、しかし準Vで頭を抱えた2年前。そのときには欠けていた画竜点睛を打ちつけたときに、きっとまた、ピットは菊地孝平色に包まれる。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)