開口一番、森高一真が顔をしかめながら言う。
「クロちゃん、ごめんよぉ~」
今日は地上波放送に解説で出演させていただいたが、そこで森高本命の予想を出している。本人が見たかどうかは知らないが、それを森高にも伝えていた。この男、自分の舟券を買ってくれたファンを喜ばせるのが最上の幸せなのである。逆に、自分の舟券を買ってくれたファンをガッカリさせるのが大嫌いだ。目の前に、どうやら自分から舟券を買っているだろう森高本命男がいる。敗れた自分がいちばん悔しい思いをしているはずなのに、森高はその男に頭を下げるのである。
予想も舟券も自己責任。だから森高の態度には恐縮するしかない。ただ、森高が自分を買ってくるファンのために全力を尽くす男であるのは間違いない。だからまたSGで優出してくれ。そのときも出演させてもらっていたら、ふたたび本命を打つことにしよう。
で、笠原亮は番組を見ていたようだった。優勝戦のピットアウト前に顔を合わせたら「本当に2から買ってるんですか?」だって。そして、「坪井さんはダメですかね」。笠原としてはもちろん、応援するのは坪井康晴。出したフォーカスは②-①、②-④だったから、先輩を軽視しちゃってすみません!
坪井は巧みな捌きで3着。外枠でもしっかり絡んでくるのは坪井らしいが、優勝戦ではそんな“らしさ”は嬉しくないだろう。レース後はやっぱり淡々と作業をしていたが、決して胸の内が淡々としていたとは思わない。ともあれ、これで賞金ランクは4位。戦前よりランクを上げて、グランプリ初戦の枠番もひとつ内にして、住之江に向かう。意気込みも新たに、大村を後にできたはずだ。
辻栄蔵と篠崎仁志も、わりと淡々としている感じがあった。まあ、仁志は6コースの遠さを感じるしかない展開だったわけだが、辻の淡々はまたちょっと意味が違うような気がする。前半に予言した通り、辻はやはり最も長くペラ調整をした選手となった。展示ピットに優出メンバーのうち5艇が並んでいた15時40分過ぎに、辻はようやく調整を終えている。そして、1周2マークで先頭に迫った足色を見ると、それは成功していたようにしか思えないのだ。モーター格納の作業中、山口剛や海野ゆかりらに囲まれても淡々としていた辻。リプレイを見ているときも、淡々。いつもの辻なら、負けの悔しさを紛らすガッハッハ笑いが出てもおかしくない場面なのだが……。準優を逃げていればまるで違う展開になっていたはずなのだから、辻の胸中は相当に複雑な思いが渦巻いていたと僕は思う。
で、転覆を喫してしまった吉川元浩は、着替えを終えてあらわれたときには、意外やサバサバとした感じなのであった。もっとも大きな悔恨を抱えてもおかしくない存在だが、勝負に出た結果だから仕方ない、ということなのか。なにしろ、勝たねばグランプリ行きはなかったのだ。勝てなかったのなら、何着だろうが着順がつかなかろうが一緒ではある。レスキューから上がってきたときには、目に憤りの炎が見えたような気もしたが、それは自分を責めるものであって、あとは悔しさを受け止めるのみ、だったか。艇が絡んだ森高とも、笑い合って挨拶を交わしていた。この無念は来年まとめて晴らせ!
それにしても、石野貴之、強すぎでしょ! 池上カメラマンによると、レースの数十分前に撮影を遠慮してほしいと石野に請われたという。「集中させてほしい」とのことで、完全に精神統一モードに入っていたわけである。つまり、優勝するしかないと自分に課して、石野は戦いの準備に入った。優勝を課して、その通りにやってのけるのは簡単なことのわけがない。余計な力が入って失敗することだって、普通にあることだ。しかし石野は堂々と完勝してしまうのだから、この人の強さは本物である。
凱旋した石野を真っ先に迎えたのは湯川浩司。石野のボートが接岸すると、原監督ばりのWグータッチで祝福する。実は童顔の石野の顔からきゅーっと緊張がほどけて、たちまち目が細くなっていった。太田和美や丸岡正典も笑顔! 松井繁の姿はなかったが、これは王者をベスト6に残す勝利でもあった。大阪支部にとってもめでたい優勝だったのは間違いない。
石野の強さの秘訣のひとつは、会見で口にした、今日の調整に関する言葉にあると思う。
「いつも通り、乗って、プロペラ叩いて、乗って、プロペラ叩いて、乗って」
試運転とプロペラ調整を繰り返す。誰もがやっていることではあるが、これをとことん繰り返して、独力で正解を探すことが実力につながるのだ、と言ったのは、誰あろう王者である。石野はまさにこれを踏襲している。ある意味、石野は王道をひた走っているのだ。
で、会見では最後にこう言った。「4大競走、勝ちたいですね」。笑いながらの言葉だったが、石野の4冠はオーシャン3回にチャレンジカップ。新しい“カタカナSG”ばかりだ。優勝賞金もすべて2500万円。次に欲しいのはやはり、頭に「ボートレース」がつくタイトルだろう。いや、その前に! もちろん来月があるのである。地元グランプリに賞金1位で行けるのは、この時点ですでに勲章。そのうえで黄金のヘルメットに辿り着いたら、完璧である。住之江では今日以上に鋭い表情で、乗って、叩いて、乗って、叩いての石野に出会えることだろう。年間SG3冠という快挙を、王者より先に果たしたって、なにも不思議なことではない。(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)