あまり見ない光景がそこにはあった。寺田祥が、モーターの番号プレートをきゅっきゅと締めあげているのだ。寺田の場合なら「52」と書かれた四角いプレートですね。言うまでもなく、いわゆる本体整備でもないし、外回りの調整でもない。単にボルトで留められているだけのものですからね。優勝戦でカウルが枠番の色付きのものに変わったときなど、ドライバーでギュウギュウとさらに絞め込んでいる選手はときどき見かける。今垣光太郎の優出時には毎度の光景だ。しかし、モーター番号のボルトを締めている選手は見た記憶がない。ボートレーサーは実に細かいところまでこだわる勝負師なのである。
白井英治がレース前によくモーターを磨いている、ということを当欄でも書いたことがあったように思う。どこかのSGの優勝戦の朝にやっているのを見て、その理由を問うたところ、「モーターを磨く時間がある、ってのはいいことでしょ」と言っていたものだ。つまり、ドタバタとペラ叩いたり本体割ったりしなくてもいい仕上がりになっており、時間に余裕があるということだ。その後も白井は、本当によくモーターを磨いている。それはまるで、レース前に精神統一をする、すなわちメンタルを調整している様子にも見えるものだ。もちろん、モーターを磨こうが磨くまいが、モーターの調子には何の影響も及ぼさない。しかし白井は、その作業をすることにこだわる。レーサーにはひとつやふたつ、そんなこだわりがあるものだろう。
そうそう、昨日の後半ピット記事でエンジン吊りの様子を記したが、こういう場合はどうなるか。1Rのこと。山口支部の女子の出走はそもそもないが、白井も寺田も中四国の選手のエンジン吊りには参加する。1Rでは中村桃佳と山川美由紀、香川2人の出走があった。これが、どちらかが海野ゆかりだったのなら、中国優先で海野のほうに参加しただろう。しかしこの場合は四国勢で、それも香川同県。白井と寺田はどうするか。先輩の山川のほうに行くのかな?
正解は、白井が中村、寺田が山川と二手に分かれたのでありました。白井と寺田はリフト後方で二人が上がってくるのを見守り、他の中四国勢の動向を見極めながら、目で合図して別々の選手のほうに歩み寄ったのだった。中村の周囲も山川の周囲も、ほぼ同程度の選手が集まっていたから、こちらも1人ずつ両者に、という感じか。偏りがあったら、きっと二人で手薄なほうに参加していたのだと思う。
そのエンジン吊りが終わると、勝った日高逸子が山川美由紀に歩み寄って、笑顔でレースを振り返り合った。長年、女子戦線を牽引してきた同士、短い言葉でわかり合えることもあるだろう。時にうなずき合ったりしながら、和やかに会話は進んだ。でも、最後はこんな感じ。
日高「フライングになるかもしれないと思ったけど」
山川「それはない」
日高「えぇー、ないのぉ?」
日高コンマ21、山川コンマ16。うん、山川さんの言う通り(笑)。そんな日高を見ながら、山川はもうひとつ、おかしそうな笑みをこぼしたのだった。日高さん、スタート勘が狂ってます?(笑)(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)