10R フトシー!
今日もまた、どこからともなく声が届いた。「フトシー!」。野太い声が池永太にエールを送る。今日もまた、対岸のマンションの方だろうか。
違った。山口達也だった。西山貴浩とともに係留所で観戦を決め込んだ二人は、待機行動中につい声をあげた。山口も西山も、SG優出経験あり。同期の太よ、俺たちに続け!
レース前、お揃いのTシャツ、お揃いのズボンで池永を挟み込んで、パワーを送る場面もあった。Tシャツは池永の通算1000勝記念。同期の絆で池永を優勝戦に送り込みたい。山口と西山の気持ちが伝わってくる。まあ、二人とも完全に池永をイジり倒していたけれども(笑)。
気合がもう一丁乗ったか、池永はバック2番手! 座っていた山口と西山が思わず立ち上がる。2周目、柳沢一が迫りくる。いてもたってもいられない、と足を踏ん張る山口と西山。そして2周2マーク、あぁ…………。二人の顔は凍り付き、落胆しながらエンジン吊りへと向かった。
池永が戻ってくる。しかし西山は特に話しかけようとしない。これが準優ではなければ、またイジったかもしれない。しかし、西山は黙ったまま。そして、池永は時に顔をしかめながら、やはりカタい顔つき。優出チケットが見えていただけに、この悔しさはなまなかではない。
太、残念! もうこれをバネにして、次の機会には確実に6ピットの一角を奪い取るしかない。同期生と鎬を削り合って、今度は優勝戦で対戦できるよう、奮闘するのだ。
勝ったのは吉川元浩。見事な2コースまくりだった。エンジン吊りで出迎えた松井繁と話し込んでいるうちに、ふっと目元が緩む場面があった。それも含めて、充実し切った表情だった。
結果的に明日は1号艇である。「エース機らしい動きをしています。昨年の戸田(クラシック優勝時)よりいいと思う」。これは連覇濃厚、ということになるか。吉川自身が己に負けることなどなかろうから、明日は他5人がポールポジションにすわるエース機、さらに前年度覇者に対して何を繰り出してくるか、が注目となるだろう。
池永を破った柳沢一は、今日も淡々。快パワーを存分に生かしての逆転優出でも、高揚するようなところがないのが柳沢一という男である。ただ、今日は記者会見で笑いを誘った瞬間があった。師匠の原田幸哉は昨日途中帰郷。帰り際に声をかけられたか、と問われたときだ。
「頑張ってね、って。…………言われなくても頑張りますけどね」
師匠の言葉が特に響いていなかった(笑)。まあ、この師弟らしいということではある。優勝戦も6号艇だが、この自然体は機力を考えればかなり怖いと思うがどうか。
11R みんなを笑顔にする男
吉川昭男が先頭に立った瞬間、僕は丸野一樹の姿を探している。いた。もうソワソワしている。顔がにやける。嬉しくてたまらない、という心中が遠目にもわかる。師匠のSG初優出! 3周目に入ると、馬場貴也とともにうきうきとボートリフトへ。僕からの視線に気づくと、丸野は派手にガッツポーズ。吉川を出迎えて、グータッチで喜びを分かち合っていた。
昨日、今井美亜がSG初勝利を実に多くの選手が祝福していたと記したが、吉川もそれに匹敵するほど、多くの選手から声をかけられていた。この人もまた、愛されキャラなのだろう。永井彪也のモーターを整備室まで運ぶ役割を担った濱野谷憲吾は、わざわざ吉川のもとを通りかかるルートを選択。70期の同期生だ。濱野谷と吉川は爽快に笑い合って、この痛快さを表現していた。
記者会見がまた最高だった。初のSG優出だから、記者が鈴なりに集まっている様子を見るのが初体験。「こんなんなんや……不倫の謝罪会見みたいやな。とりあえず奥さんに謝りたいです」が第一声(笑)。その後も、真剣に受け答えしながら、随所にギャグを織り交ぜて、報道陣を笑顔にしていた。また、ご存じの方もいるだろう、吉川といえばしゃがれ声。途中、守田俊介が顔を出して、「ちゃんと声を出してや」と茶化した際には「天龍みたいやからね」とまた笑わせた。たしかに天龍源一郎チックですな(笑)。
初優出についてはもちろん喜んでいるわけだが、そう、これが守田俊介とのワンツーフィニッシュという点も喜びを増幅させている。「あいつ生意気やね。僕はあいつの10倍くらい仕事してるのに、あいつはさらっと優出してくる」と笑わせつつ、滋賀支部の充実ぶりをまた感慨深く思っているのだ。今節、近畿地区で最大勢力になっているのは滋賀支部。吉川も記憶にないという。たしかに、大阪や兵庫より滋賀が多かった記憶はない。一方で、川北浩貴がケガで欠場となっており、「間違いなく川北くんの魂を背負って戦っている」とも語っていた。
それについては、守田もまた同様であろう。滋賀支部で孤軍奮闘だったSGもたくさんあるわけで、この状況への感慨と、川北の分までという思いは確実にあるはずだ。まあ、会見になると「なんかすげー気楽。明日は高見の見物で展開を探します」と、脱力コメントをしたりするわけだが(笑)。もっとも、こんなときの守田が逆に怖いという気もする。
12R 地元の砦
1マークを回って、福来剛が2番手争いに顔を出してきた瞬間、JLC専属解説者の山口雅司さんがそわそわし始めた。現役時代は東京支部の重鎮として活躍した山口さん、後輩の福来が地元で優出を決めそうになって、落ち着きをなくしたのだ。2周ホーム、石野貴之と並走になる。福来は内のポジションだから有利なのだが、山口さんは冷や汗をかいている。3周1マーク、石野が最後のアタック。山口さんは「そう! ハンドルを向けて握って回れば大丈夫!」と力強く声をあげる。福来剛、優出! 山口さんもそうだが、地元東京支部もまた、最後の砦を福来が守ったことに安堵と歓喜を抱いたはずだ。
エンジン吊りでは、なにしろ東京支部勢が全員ニコニコしていたのである。11R後は悔しさにまみれた永井彪也も、先輩が自分の分まで頑張ったと感じたのか、やわらかい表情で福来に視線を向けていた。
そして福来は、やや控えめに微笑を浮かべ続けていた。カメラマンたちにガッツポーズを要求されると快く応え、長い間レンズの前に立ち続けた。これがSG優出ということなのだと、強く実感したのではないだろうか。
「SG初出場が選手代表でよかった」と福来は言う。たしかにドタバタで多忙も多忙だが、だからこそ初めてのSGで緊張せずに済んでいるのではないか、と。自身の調整、班長としての仕事、それをこなしていることで気がまぎれているというわけだ。では、明日はどうだろう。SG優勝戦という、福来にとって未知の世界。もちろん明日も班長の仕事が押し寄せるだろう。優勝を狙うための調整作業も行なわねばならない(優勝戦ではいちばん仕上がっていないのでは、とのことだ)。それがやはり緊張を紛らすのか、それともやはりSG優勝戦は違うのか。福来は明日、何を感じて過ごすだろうか。
勝ったのは坂口周。今日は出足を殺して伸びに特化した仕上げにしたそうだ。これがまさしく奏功。大本命の石野貴之を一気に呑み込んでみせた。
問題は2号艇となった優勝戦。強烈な伸びを活かせる枠番ではないし、かといってバランスをとるような「しょうもないこと」はしたくないという。その調整では勝つ可能性がほぼないから、とのことだが、というわけで「理想は2カド(笑)」ということになる。まあ、2カドになる可能性は限りなくゼロに近いだろうが、ようするにそこがストロングポイントなのだ。さあ、明日はどんなチョイスをするだろうか。
で、坂口からリクエストがありました。「YouTubeのチャンネル登録をお願いします!」(笑)。すでにご存じの方もいるであろう、ユーチューバーデビューしたのだ。上平真二や峰竜太も注目されてますね。というわけで、ぜひご登録を。シリーズが終われば、このクラシックのこぼれ話もきっと聞けると思いますよ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)
それにしても、まさか1号艇がすべて優出を逃すとは……。