BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――いろいろな笑顔

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 ボートリフトがせり上がって、菊地孝平の笑顔があらわれた。2コースからツケマイ。しかし及ばず、2マークは強烈なターンで2番手浮上。その笑顔のキモは、何だったのだろう。
 ひとつ言うなら、目がまったく笑っていないのだった。つまり、それは会心の笑顔などではなく、作り笑顔とは言わないまでも、悔し紛れの笑顔に近かったのではないか。やるべき仕事は果たした、という思いがどこかにあったとしても、まずは渾身のツケマイが届かず、優勝が遠のいたことが脳裏の大部分を占めたはず。

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 それでも、少しくらいは充実感もあっただろうか。モーター返納を終えて整備室を出た瞬間、待ち構える報道陣を前に、地団太を踏むアクションを全力で見せながら「惜しかった!」と声をあげている。それはリップサービスでもあり、パフォーマンスでもあり。それを見せられるだけの、テンションの高ぶりは菊地のなかにあったということだ。

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 菊地だけではなく、全体的ににこやかなレース後だったようにも思えた。白井英治と峰竜太が、微笑を浮かべながらレースを振り返り合う。同支部の湯川浩司と松井繁も。それぞれに不本意なものを抱えながらも、それが全面的に表にあらわれてはいなかった。

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 まあ、あえて言うなら、何度もモニターを確認していた白井の胸中やいかに、ということになろうか。整備室のモニターは、なかなかリプレイを映し出さなかったのだが、白井はおそらく自身の航跡を確認したかったのだろう、返納作業中にウィニングランや払戻などを映し出すモニターを見上げた。予選1位通過で2着に敗れたことが今日の大きなキーポイントともなっただけに、いろいろと振り返りたいことはあったものと思われる。深刻な表情こそあまり見えはしなかったが、複雑なものが心中に渦巻いていたのは間違いない。

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 菊地のツケマイは想定していたそうだ。「来るだろうな、と思っていた」と、半ば読み切ってもいたようだ。ならば、これは完勝だ! 菊地の渾身の一手も冷静に封じ、さらに外の差し込みも許さない。前本泰和、完璧な勝利!

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 レース前、実はちょっと不安を僕は感じていた。前本は、展示から戻ってきてもカポックと勝負服を脱がない男である。多くの選手は、いったん装備をほどいてレースを待つものだが、前本はヘルメット以外は身に着けたまま、時を待つ(同支部の上平真二も同様)。それに気づいたのは、まさにこの児島で約14年前のこと。GⅠ初優勝を果たした、その優勝戦の前だった。それからというもの、僕は展示帰りの前本が勝負服姿のままなのを見続けた。それが、展示から戻って待機室に入るや、今日は勝負服もカポックも脱いでいたのだ。優勝戦1号艇がルーティンを狂わせた? それは彼のリズムを変えることになりはしないか。“本紙予想”の通り、前本アタマだけじゃなくて菊地とか峰とかも買っていたから、自分の舟券的にはどっちでもいいのだが(笑)、しかし僕はなぜか非常に心配になってしまったのだった。前本、大丈夫だろうか。

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 まったくもって、大丈夫だった! というか、ようするにこちらの考えすぎである。前本は己を見失うことなく、菊地の策略にも備え、スタートだけは遅れられないと集中し、何の瑕疵もなく水面で力を発揮してみせた。ルーティンがどうこうなど関係なく、実力を水面に反映させ切った。ごく単純な言葉で言えば、前本泰和はひたすらに強かった、のである。
 一般戦の鬼と言われることもあるように、決して派手な存在ではない。SG初優勝は2013年グランプリシリーズだが、それを“前本らしい”と表現する向きもある。しかし、それはあくまでも我々が捉えるイメージであって、その相当に高いレベルでの安定感と精神力は「SGの中のSG」を制するに値する、というか獲って当然とも言えるものである。まあ、わからないではないんですけどね。ピットでも基本、淡々としているタイプだし、勝っても負けても感情の波を表現することも少ない。あるいは選手紹介などでも、目立つようなコメントやパフォーマンスをすることもない。常にフラットな印象はあるから、それこそ峰とか西山みたいな人気は集めにくいところがあるのは確かである。

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 そんな前本が、レース後はとにかく笑顔を見せまくった! カメラマンの要望に応えて。ウィニングランで。戻ってきたピットで関係者から祝福を受けて。表彰式で。いやー、なんか幸せな気分になりますね、こちらも。これでグランプリも当確。「ベスト6で行きたいので、それを意識して」とレース後に語っていたが、そのためにもさらに大舞台で賞金を積み重ねたい。そして、この笑顔をまだまだ振りまいてほしい!

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 というかですね、これだけの強豪が、まだオールスターに出たことないってどういうこと!? 派手じゃないったって、グランプリ2度出場のSGウィナーである。ファンの意識が問われてるんじゃないの!? というわけで、来年のオールスターには何としても前本泰和を送り込みたいと、強く願うワタクシでありました(笑)。前本選手、今日は本当におめでとう!(PHOTO/池上一摩 TEXT/黒須田)