BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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優勝戦私的回顧

えらいこっちゃ。

12R優勝戦
①遠藤エミ(滋賀)07
②秦 英悟(大阪)05
③毒島 誠(群馬)06
④上條暢嵩(大阪)07
⑤中島孝平(福井)07
⑥前田将太(福岡)07

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 やっちまった。本当の本当にやっちまったよ、遠藤エミ! 「まだ実感が湧かない」というセリフは勝ったアスリートの常套句なのだが、傍観者の私もまったく実感が湧いてこない。昨日から心の準備(エミが負ける覚悟も含めて)をしてきたはずなのに。

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 つまり、それくらい凄いことなのだ。ボートレース70年の歴史で、はじめて女子がSG制覇した。70年。黎明期のことはよく分からないが、ほとんどすべての新旧女子レーサーはSGへの“参戦権”を与えられる。極端に言うと、すべてのレースを勝ち続ければ女子でもすぐにSGの頂点に立てる。すべての女子はSGロードに通じているのに、70年間だれも成し得なかった。

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 SG優勝戦の1号艇を獲得したのも、過去には寺田千恵ただひとり。怪物のように伸びるモーターとともにポールポジションまで駆け上がったが、優勝戦ではあえて深インを選択。地元の上瀧和則などの“ラスボス”に攻め潰された。
 まだ進入争いがしっちゃかめっちゃかだった当時、「インを捨ててカドに引いた方が勝てたのではないか」と思ったファンは少なくない。数年後、私も本人にその疑問をぶつけたのだが、テラッチは毅然とした顔を左右に振った。その後の言葉は、今でもはっきり覚えている。
「確かに、インを捨てたほうが勝つ確率が高かったかも。でもね、でも、将来の女子レーサーのためにも、絶対にインコースを死守しようと思った。あそこで私が舐められたら、女子レーサー全体が舐められるから。たとえ負けても、インコース以外は考えられなかった」

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 当時の女子レーサーの境遇、立ち位置が手に取るように分かるセリフだった。テラッチは、ただ自分が勝つだけではない、別の敵とも戦っていたのだ。が、「将来の女子レーサーのため」という決意はすぐには実らず、第2のファイナル1号艇が登場するまで実に21年の歳月を要した。それが今日だ。今日の遠藤エミだ。

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 春雨が降りしきる大村のスタンド。ファンファーレが鳴って、観衆たちが拍手する。同時に歓声。「かみじょーー!」という大声もあったが、大半が「遠藤、逃げろ!」「エミ~~!」だった。なんだか分からんが、そのあたりから私の鼻がグズグズしていた。待機行動のエミに「歴史の立会人となるのか」みたいな言葉が重なり、さらにグズグズ。
 グズグズのまま12秒針が回り、やや早起こしのエミがモミモミしているのがはっきりわかった。もちろん吉兆ではないが、エンジンを信じている証拠でもある。モミモミしても出て行く、という信頼。
 うん、それでいい!
 私は私自身に言い聞かせる。スタートは恐ろしいほどに美しい横一線。エミがアジャストした分だけ、2コースの秦(おそらく全速)がスッと出て行く。このまま出切れば一大事だが、そうはならない。エミ68号機がしっかり伸び返し、まくらせないだけのアドバンテージを作ってから1マークに向かった。余裕の先マイではなく、秦、毒島、さらには5コースからぶん回した中島がほぼ一斉に襲い掛かる。誰かしらに捕まるかも、と思った瞬間、エミが1マークをくるり回りきり、しっかり2艇身ほどの優位を築いた。

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 スタンドが「わあっ!」と湧いて(本当にシンプルに「わあっ!」と)、私のグズグズが完全に液体に変わって、遠藤エミの勝利が確定した。実感が湧かないのに、目から液体が何滴かこぼれる。まさかまさか、泣くとは思わなんだ。還暦過ぎて、涙もろくなったから、ということにしておこう。

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 3周回って、エミが真っ先に我々の前に帰ってきた。ゴールの瞬間、史上はじめての女子SGウイナーは手を挙げることも、上体を起こすこともなく、逆に深く頭を垂れた。その真意を完全に理解できるレーサーは、ひとりとしていないだろう。男子の初優勝とはワケ(歴史)が違いすぎるし、女子は誰もこの領域に到達していなのだから。

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 ちょいと涙を垂らしたのが恥ずかしく、雨を顔面に浴びてごまかしていると、後方にいた私と同年代らしきおっさんが実にシンプルなことを言った。
「要するに、70年ではじめてってこっちゃろ」
「そうそう、そういうこっちゃ」と相方のおっさん。
「えらいこっちゃなぁ」
 本当にえらいこっちゃ。ずっとずっと男子に歯が立たず、50年ほどでSG優勝戦1号艇というでっかい鍵を入手したが最後の扉を開けられず、さらに20年ほど何人も何人も挑戦しては叩き潰されて、やっと今日、遠藤エミというレーサーが重い大きな扉をこじ開けた。
 その先に何があったのか、何が見えたのか。
 これからは、遠藤エミの網膜に焼きついたものが、他の女子レーサーにも見えるようになるのだろう。うん、それがいちばん、えらいこっちゃ、なのだ。きっと。(photos/シギー中尾、text/畠山)

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