BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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優勝戦 私的回顧

突風

12R 優勝戦
①菊地孝平(静岡)19
②平本真之(愛知)13
③新田雄史(三重)F+01
④白井英治(山口)F+02
⑤山口 剛(広島)03
⑥片岡雅裕(香川)05

 悲痛な波瀾とともに、SGの歴史は塗り替えられた。
 なにを、どう書くべきだろう。

 まずは、風だ。私が中央スタンド4階の記者席から1階に降りたのが、発売〆切の5分前。記者席から見た水面は、ほぼ無風のベタ凪だった。それが、スタンドのかぶり付きまで駆けつけたら、のっぴきならないホーム向かい風が吹いていた。わずか2分での激変。
「風だ、風だわ」
 誰かが叫ぶ間にも、さらに風はどんどん強くなる。ベタ凪だった水面が、嘘のように波立つ。吹き流しが激しく真横にバタついて、推定7m前後。
「うわ、やべっ、こりゃ【全-全-全】じゃん」
 また誰か。結果的に、この舟券予想は正しかった。

 この突然の風が有利に働くのは誰か。やっぱ、地元にして艇界一のスタート勘を誇る菊地なのか。
 考えている間にもさらに風が強まり、ファンファーレが鳴り響く。
 でも、菊地が正確に補正したとしても、地元の1号艇として無理はできない。むしろ、大胆に補正して「ここまでは大丈夫!」とキワまで突っ込む選手がいるかも。やるとしたら……白井英治あたりか。

 枠なり3対3で、12秒針が回る。起こしはバラバラ。明らかに踏み遅れた(または他が早すぎたか)のは、インの菊地! スリットラインを通過して、もはやその遅れは挽回不可能にしか見えない。逆に3コースから突出した新田が、軽々と平本を飛び越える。その瞬間、対岸の大型ビジョンに「スタート判定中」の文字が浮かぶ。レース実況が聴こえない最前列のファンたちが、ぐわわわぁぁぁ、みたいな奇声をあちこちで発する。異様なざわめきの中、新田は平本に続いてイン菊地まで一気に呑み込んだ。

 嗚呼、取り返しのつかないことが……!
 状況を把握しきれないまま、私はこう思った。まくられた菊地は、すぐに“換わり全速”で新田の外を追随した。おそらく新田のフライングの可能性を察知し、2番手確保=恵まれVの最善手としてこの戦術を選んだか。

 だがしかし、菊地のこの勝負手を上回るスピードで、バック2番手を取りきった選手がいた。6コースからブイ際を差した片岡!! 内からスーーッと伸びて大外・菊地との差を広げた瞬間、【返還③④】の文字が刻まれる。スタンド騒然。
「片岡や、片岡や!」
「新田と白井かっ!?」
「きくちーーー!!」

 先頭の新田と白井が戦列を離れ、新たに片岡vs菊地の一騎討ちスタイルができあがる。こうなってみると、昨日の準優バックとよく似た光景ではあったが、大きな違いは片岡のアドバンテージ。半艇身ほど舳先を突き出した片岡が勇躍、2マークを先取りする。後手を踏んだ菊地は昨日と同じ差しを選択したが、そこに山口と平本が殺到して勝負あった。

 2周ホームで独走態勢となった片岡を見ながら、私はまたぼんやり考える。大本命の菊地を負かした敵は、やはりフライングだったのか。だとするなら、それを誘発しやすくした突風だったのか。それにしても、菊地は遅れ過ぎではなかったか。
「オレの楽しい時間を返せ、楽しい時間を返してくれ!」
 3周目、初老の男性がこんなことを言った。フライングによってレースが壊れたことへの呪詛なのか。分からないが、私も含めた観衆の複雑な思いを代弁している気がした。

 あるいは、複雑な思いは一人旅の片岡も抱いていたか。ゴールの瞬間、右手も上体もあげることなく、かすかに身体を左右に揺すったのみ。スタンドの観衆がその控えめな勝者に惜しみない拍手を送ると、片岡はやっと我に返ったように右手を突き上げた。ご時世を反映する、無言の拍手、拍手、拍手。

 そして、そのやたらと温かい拍手は、菊地がゴールを通過した瞬間に少しだけ大きく鳴り響いた気がした。(photos/シギー中尾、text/畠山)