BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――涙と笑顔

 まさに猛追だった。鋭いハンドルで先頭を走る近江翔吾に迫る末永和也。3周1マークでは、おそらく香川支部の面々だろう、水面際で見守っていた選手たちから「うわーっ、ヤバーっ!」という悲鳴があがっている。鋭い差しを、まさに回った後のパワーで近江が押し返す格好。誰もが固唾を呑んで、3周2マークを見つめていたに違いない。

 ところが、2マーク手前で初動を切った瞬間、末永の艇が浮いた。彼としてはここ一番の、渾身のハンドルだったかもしれない。しかし艇はバランスを崩し、末永の思いと裏腹に大失速となった。万事休す。末永の若きチャレンジは、ここで潰えた。

 それだけではない。3番手を走っていた羽野直也が行き場をなくした。末永の艇はゴール方向と逆を向いてしまい、なかなか再発進できない。後続が続々と2マークに到達していたから、危険回避が優先で噴かすこともできない。羽野をはじめとした後続も大減速して末永を避け、そうこうしているうちに上條暢嵩が真っ先にホームに出て、仲谷颯仁が次いだ。①-③-④で走っていたはずの隊列は、最後の最後で①-⑤-⑥になってしまったのだった。
 番手を落とすことになってしまった羽野は、しかし苦笑を浮かべるのみで、この結果も致し方ないといったところ。末永が真っ先に詫びた相手はやはり羽野だったが、羽野は気遣うような素振りも見せていたし、責めるようなところはいっさいなかった。

 望外とも言うべき2着が手に入った上條は、展開が展開だから、ピットに上がった直後は淡々と振舞っていたが、大阪支部の後輩たちに笑いかけられると、肩をすくめて笑顔を見せている。まさか準Vになるとは、といったところで、もちろんラッキーの思いも強くあったに違いない。何しろグランプリを見据えれば、賞金ランクはまさに18位ボーダー付近だから、この2着浮上はデカい(14位にランクアップ)。

 一方、末永の落胆ぶりは遠目でもわかるくらいだった。170cmを超える長身が小さく見えるほど、肩を落とし、うつむいていた末永。モーター返納を待っていた先輩の横田貴満もかける言葉を見失っているようだった。報道陣の質問を受けながら、末永は何度も瞼を拭った。何度も何度も。質問が終わって、ひとり控室へと戻る間にも、やはり何度も何度も何度も、瞼を拭う。まさに号泣。優勝を狙える位置を走っていたものが最後方に退き、しかも後続の艇に迷惑をかけてしまったのだ。それはまるで奈落の底に叩き落されたようなものだろう。今日は泣くだけ泣けばいいと思う。この思いは、きっと末永の心の奥底に何かを芽生えさせるはずだからだ。まだデビューから3年半、そのキャリアでこの舞台に立てたこと、そして失敗をしたことは大きな大きな経験である。何より、ごく身近にさんざん泣いて泣いて泣いて、頂を知ることになった男がいるではないか。今日が、真の意味で、その背中を追いかける出発点だ。

 冷や汗ものの展開だったが、近江翔吾が見事に優勝! 1マークのターンは0点と自己評価し、その後も追いかけまわされたわけで、やはり普段とは違う心持でこの優勝戦に臨んでいたということだろうか。ピットを出たあとはいつも通りだった、と振り返る近江だが、自分でも気づかないところで心身に影響があったとしても、それはある意味で当然と言える。それだけ、この舞台で優勝戦1号艇に乗るというのは、特別なことなのだ。

 展示から戻って、工具袋を整備室に置き、待機室に戻るときにたまたま目が合った。こちらをキッと見据え、そして2度3度うなずいたその目力には、圧倒されるほどの力強さがあった。まったく問題ない。僕は近江のその様子を見て、そう確信したのである。
 それでも、圧勝とまではいかなかったのだから、ボートレースは奥が深い。そして、そんな展開をしっかり押し切った近江は、まさしく強者である。
 凱旋し、テレビのインタビューを受け、ボートに乗ってプレス撮影。その間も、近江は力強い表情を見せ続けていた。そんな近江に笑顔をこぼれさせたのは、後輩たち。カメラマン群の後ろから、中村桃佳や川原祐明が手を振って、そこでようやく近江の相好が崩れた。なんとも柔らかい笑顔! 今節は、何度も近江とは会話を交わしたのだが、こんな笑顔は一度も見なかったなあ。基本的には、常に真摯な表情で、どちらかといえばいかつい顔を見せる男。後輩たちが引き出した笑顔は、きっとこれもまた彼の本質なのだろうと思わずにはいられない、優しいものだった。

 さあ、そしてこの後輩たちが一連の儀式を終えた近江を待ちかまえて、いざ水神祭! GⅠ初優勝だ! 近江は107期で、その下が112期の竹田和哉や石丸海渡だから、それなりに離れた後輩である。しかし、この後輩たちが容赦ない! いったんはウルトラマンスタイルで持ち上げようとしながら、より恐怖心が高まるワッショイスタイルを強要して放り投げる。全員が水面に飛び込んだのだが、最後に陸に上がってJLCのインタビューを受けた近江を桃佳がさらに突き落とす。そして、やっとこさ陸に上がった近江を、今度は川原が突き落とす! ただ、この川原の行為には「おいおいー、大先輩に対してー」と石丸たちからクレームが入った。いや、桃佳と川原はたった1期違いですけどね。というわけで、川原は懺悔とばかりに自らドボン。さらに、先に陸に上がった近江にもう一度落とされて、禊ぎを果たしましたとさ。ともかく、香川支部全員が笑顔笑顔笑顔の水神祭でありました!

 近江はおそらくグランプリシリーズでSGデビュー。いや、10月の一般戦で大暴れすれば、チャレンジカップ出場の可能性もあるかも!? 少なくとも、来年のクラシックには登場することになる(F休みをそこにかけないように気をつけて!)。いずれにしても、だ。近江翔吾よ、次はSGで会おう。そして、SGでもその力強い表情で戦い抜け!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)