10R、スタートしてピットは、静かではありながらやや不穏なざわつきが起きている。宇野弥生が大きく立ち遅れたのだ。
やがて、「返還③」がモニターにあらわれると、ざわつきは一気に高まった。宇野弥生、出遅れ。
起こしの時点では他のダッシュ艇と変わりなく前に進んだように見えたが、そこからスピードがまるで乗らないようにも見えていた。1マークに到達した頃にはすでに他5艇ははるか前を走っていたから、これは明らかな異常事態。東海勢をはじめとする選手たちがかなりの人数ボートリフトに走っている。宇野が戻ってくると、検査員さんも駆けつけて、そこには人の輪ができていた。宇野は少し呆然としたように顔色をなくし、立ち尽くしている。
宇野にかなり熱心に話しかけていたのは長嶋万記だ。1期違いで同地区、盟友に近い関係の二人。また長嶋は選手会で役職もあるから、何が起こったかを知っておく必要があったかもしれない。もちろん、不運に見舞われた宇野を心配してもいただろう。
現時点では手元に報は届いていないが、宇野が他の選手と話しているアクションを見るに、ペラが何かを巻き込んだ模様。これによるスピード低下が原因のようで、この出遅れは「選手責任外」と判定されている。賞典除外にはならないから、望みはゼロではないけれども、大敗続きの後の0点は痛い……。
宇野はその後、対戦相手に頭を下げて回っている。6コースの出遅れなので、実際はレースに大きな影響があったわけではない。それでも事故レースとなったことを詫びるのが礼儀ということになろうか。このレースは、進入に動きがあったレースである。宇野は3号艇で6コースに回った。そのこともあったのか、たとえば前付けに動いた中谷朋子は宇野をかなり気遣っていたし、5号艇だった浜田亜理沙も逆に宇野に頭を下げたりしていた。それぞれが勝つためにコースを選択した。宇野にしても、進入争いに巻き込まれるより腹を括ったアウト勝負というところもあっただろう。だから、それぞれが頭を下げる必要はないといえばない。それでも何かあればお互いを尊重して礼を尽くす。これぞ真剣勝負である。
もちろん、事故があったからといって藤原菜希の勝利はまったくかすむことはない。スタート展示ではダッシュを選択したが、本番ではスロー3コースを選択。これが奏功してのまくり差し快勝だ。戦略もハンドルワークも見事に成功した、素晴らしい勝利である。レース後のナッキースマイルは実に爽快! 日またぎの2連勝で波に乗ったかも!
前付けがあろうが、事故があろうが、1号艇を活かせなかった川野芽唯はやはり悔しい一戦である。レース後は当然、痛恨の表情。起こしが深くても逃げ切らんとする気合で臨んでいたはずで、だからこそ逃げ切れなかったのは自分の問題として悔しさが残る。そしてそれを噛み締めるのである。そんななかでも、やはり宇野への気遣いを見せていたことも付記しておこう。
ところで、今日はイン壊滅! 1Rから負けに負け続けて、9Rでようやく海野ゆかりが逃げ切っている。最終的には12Rの渡邉優美も逃げての1日イン2勝。初日は内寄り優勢だったから、傾向がガラリと変わったわけだ。イン受難の連鎖を断った海野は、すっきりした様子で、微笑を浮かべたりもしていたのだった。インがまるで勝てない流れを、少しは意識していたかも!? まして2号艇には遠藤エミがいたわけだから、決して簡単なイン戦ではなかった。それだけにホッとした思いも大きかったのかもしれませんね。
その9R終了後には、別記事のとおり、大時計前で平川香織の水神祭が行なわれている。大時計前ということは競走水面を使うわけだから、その間は当然、試運転も行なえないわけである。無事に水神祭が終わり、平川香織一行がピットに戻ってくると、試運転OKの青灯がついた。その瞬間、小野生奈と今井美亜が飛び出して、足合わせを行なっていた。小野は今日3着があったものの、成績的には一息。今井はゴンロクを並べている。機力アップは急務であり、また彼女たちの実績を考えれば、ここで手をこまねいている場合ではない。水神祭が終わるのを待ち構えての飛び出しには、彼女たちの意地と必死さを感じたのでありました。巻き返しはここからだ!(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)