BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――気力節イチ、機力節イチ

●10R

 まだガッツポーズはしません。
 僕自身は聞き逃してしまったのだが、ガッツポーズを要求するカメラマンに対して渡邉優美がそう言ったそうだ。レンズの前に立って笑顔で撮影をしているところまでは見ていたが、他の選手に目を向けたあとのことだったようである。正しい。とことん正しい。渡邉の視線は優出に向いていたのではないのだ。その視線の先にあるところに辿り着くためには優出が必須。それだけのことだ。優出はもちろん嬉しい。しかし、まだ真の喜びは道半ばである。渡邉の思いがビリビリと伝わってくる一幕だ。
 勝って引き上げた来た渡邉は、日高逸子に声を掛けられたときなどに爽快な笑顔を見せてはいる。しかし、破顔一笑という感じではまったくなかった。最大の目標のために、大きな関門を突破した、その喜び。だから、まだ満面の笑顔も見せない。今さら言うほどのことではないが、渡邉は本気で、天辺だけを見つめている。

 2着を競り勝ったのは藤原菜希。ヘルメットを脱ぐと顔は真っ赤に上気しており、猛暑の中の激闘を走り抜いた苛酷さが伝わってくる。しかも優出を懸けての競り合いだったのだから、必死さはなお増していたことだろう。それでも、対戦相手と礼をしながらも、柔らかな笑みが浮かぶ。GⅠ初優出。まずはその喜びや安堵は浮かんできただろう。
 優勝戦は4号艇、6号艇なら伸びに振る可能性もある、とのこと。結果的には4号艇となった。まずはその調整を朝からすることになるのだろう。

 藤原に競り負けたのは長嶋万記。この大会はなぜか相性があまり良くはなく、またもは優出を逃してしまった。ピットに戻り、エンジン吊りを行ない、そしてボート洗浄をしている間じゅう、長嶋の顔には微笑が貼りついていた。悔しくないわけがない。しかし、まさに貼りついていたかのように、長嶋は微笑を浮かべ続けていたのである。心中を隠す微笑……。だからかえって、長嶋がせつないくらいに悔恨を抱えているように見えたのだった。

●11R

 痛いレースだったか。ハナを切って迎えた1マーク。逃げ切り態勢かと見えたそのとき、艇がバタついた。まさかのキャビテーション。その間隙を突かれてズブズブと差され、一瞬で優出圏内からこぼれた。その後も諦めずに追うが届かず。淺田千亜希は優出を逃してしまったのだった。2マークで廣中智紗衣を飛ばして不良航法までついてしまった……。
 エンジン吊りの最中も、ボート洗浄の最中も、ついにカポック脱ぎ場に入っていくまで、淺田はヘルメットをかぶったままだった。その奥に見える目は深刻に曇っていたから、やはり心中をヘルメットで覆い隠したということなのか。実力者健在を見せつけた今節、それで終わるつもりは毛頭なかったはずなだけに、このチャンスを落としてしまったことは痛恨の極みだっただろう。

 勝った櫻本あゆみもまた、ヘルメットを最後まで脱いでいない。これは謎のマスクマンの矜持!? まあ、特に意味はないんでしょう。なにしろ、リフトがせり上がって出迎えた仲間が視界に入ると、勝利のポーズ! たぶん新日かドラゲーのレスラーの決めポーズなんでしょうけど、ワタシにはわかりません(笑)。レディースチャンピオンはこれで3度目の優出。明日は3度目の正直を目指すことになる。 

 2着は細川裕子だ。レース後は、もうわかりやすいくらいに嬉しそうな表情。時にニッコニコになる瞬間もあり、それはそれでなかなか気持ちの良い光景だった。今日は一か八か、ペラを大きく叩き変えたそうだ。それが奏功した部分も大きかったという。もちろん、それをふまえたうえでの細川自身のハンドルワークもモノを言っている。スタートは「すみません」と苦笑いだったが(コンマ32)、その失点をしっかり取り返せるだけの仕上がりにはなっていたということだ。
 これでレディースチャンピオンは6度目の優出。「相性だけはいいんですけど」と笑うが、つまりそれだけ乗っても獲れていないというジレンマもあるだろう。6度目の正直を目指す明日である。

●12R

 わーっ! 歓声がピットにも響いていた。土屋千明が豪快に握って出た瞬間だ。これは遠藤エミを脅かすのか。あるいは優出圏に出てくるのか。しかし、うねりもあったのか、ターンは流れ気味となった。その後も必死に前を追うものの、3着まで。注目機26号機を武器に下剋上を目指した戦いは、準優3着で終わることとなった。でも、ナイスファイト!
 レース後は群馬支部の面々と、口惜しそうにターンの瞬間を振り返っていた。土屋が手振りで1マークの模様を伝えると、みな納得したようにうなずいた。惜しかった瞬間を吐き出すことで土屋も少しは気が晴れたか。ようやくわずかに微笑を浮かべて引き上げていった。

 土屋の強襲にも動じず、しっかり逃げた遠藤エミ。しっかり差した浜田亜理沙。昨年の夏の女王と年末の女王がワンツーフィニッシュ。浜田は「初めて遠藤さんの隣を走って、差を感じた」という。自分も悪くはないが、足の差がハッキリとあった、ということだ。それをここで知らされて、浜田が明日選ぶ勝負手は何か。

 遠藤は、ハッキリと「節イチだと思っています」と口にしている。この実力者が、そう言い切るからにはもう死角が見当たらないようにも思えてくる。しかも、連覇について問われて「優勝したいので頑張る」と、連覇にはまったくこだわっていない優勝、という物言いをしている。遠藤の視界にあるのは、レディースチャンピオン連覇という次元とは違うところにあるものだ、ということが改めてハッキリしたと思った。その意識で戦う遠藤には、繰り返しになるが死角はあるのか。迫ることができるものがあるとしたら“博多は譲れないという節イチな思い入れ”ということになるのか……。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)