寺田祥が3カドに引いた瞬間、少々脅威を感じたそうだ。しかも2コースの坪井康晴がややヘコんだスタート。しかし、河合佑樹は確信をもって先に回った。少しフワフワしてはいたが、冷静に過ごせた一日。それは水面でも変わらなかった。そして快勝! SG初制覇は、寺田を寄せ付けなかった時点で決まった。
ゴールで左手を高く掲げた河合は、ピットに戻ってくると出迎えた面々に笑顔を見せた。先輩の菊地孝平。同世代の深谷知博。女子の三浦永理と長嶋万記。静岡支部の仲間たちだ。そして、遠藤エミ、前田将太、上野真之介。同期生が全員残った。3人とも同支部の選手たちはすでに下関を後にしていた。それでも同期の歓喜を見届けるために残ったのだ。「これは逃げなきゃいけないと思いました。力になった」と河合。彼らに対して、河合はたしかに爽やかな笑顔を振りまいていたのだった。
三浦とともにウィニングランでファンの声援にこたえた河合は、ピットに戻るとまず菊地の出迎えを受けている。菊地は係留所まで降りて、レスキューから降りてきた瞬間の河合を祝福した。そのとき、やはり河合は笑顔でこたえていたのだ。しかし、菊地が抱きしめた瞬間、一気に思いがあふれた。やはりプレッシャーはあったのだろう。これまでのレーサー人生での苦労も頭をよぎったかもしれない。それが敬愛する菊地の熱いハグで、こらえられない涙に変わった。河合はそのまま待ち構えた報道陣の囲み取材に移ったのだが、しばらくはしゃくりあげながらの会見になっている。
ようやく落ち着いた頃、師匠の坪井があらわれた。坪井はまず「水を差してゴメン」と詫びている。坪井は不完走失格。1マークで接触があり、そのときプラグが折れてしまったそうだ。出力が下がったことでスピードダウンし、タイムオーバーとなった。不運と言うしかない不可抗力とはいえ、愛弟子のSG初制覇を事故レースにしてしまったことを、坪井は悔いていたのだ。敗れたこともあわせて、坪井の無念に胸が迫る。
そして、坪井は続けて祝福の言葉を送った。いったんは止まった涙が、さらに強くあふれた。ずっと追いかけてきた師匠なのだ。この優勝戦を、いろいろあったとはいえ一緒に走り、そして撃破したのだ。その師匠の言葉に耐えられるはずがなかった。一見クールにも見える二枚目河合が見せた、ホットな感情の発露。それがこの優勝の重みを思い切り表現していた。
もちろんグランプリ当確!「チャレンジャーとして頑張りたい」と意欲を語る。ただ、住之江は実績を残していない水面で、それに触れてようやく苦笑い交じりの笑顔が戻った。今後、最高峰の舞台に立ち続ける意欲があるのなら、いつか克服しなければならない水面だ。まずはチャレンジャーとして、水面にとらわれることなく奮闘を見せてほしい。
勝負駆けに関しては、やはりベスト6だ。10Rで菊地孝平が逃げ切った瞬間、平本真之の1st発進が決まった。整備室のモニターでそれを見ていた平本は、苦渋の表情になり頭を抱えた。菊地の失敗を祈っていたわけではない。しかし自身が6位から陥落したという事実は、やはり痛恨である。
この時点で6位に上がった菊地。着替えを終えてモーター返納に向って、まず声を掛けたのが平本だった。菊地も状況はわかっている。だから、6位を争った平本を気遣った。もちろん会心の思いはあっただろう、ピットに上がってきた瞬間は充実感いっぱいの表情を見せている。だからこそ、気落ちしているだろう平本に真っ先に声を掛けたのだろう。
ただ、実は菊地も結果的に6位から陥落している。4着だった池田浩二が菊地の賞金を上回ったのだ。もっとも、河合の優勝に大はしゃぎの菊地は、そのことをまるで意に介していないようだった。それよりも河合のSG初Vのほうが、一緒にグランプリに行けることのほうが大事だとばかりに。また、池田も4着に敗れた悔しさのほうが強かったのだろう、ベスト6の勝負駆け成功という雰囲気は皆無であった。池田としては、目指したのは優勝のみだったということだろう。まずは悔恨が勝ったということである。もちろん状況を把握したあとは、住之江に向けての思いを馳せたことだろう。
GⅡは三浦永理が優勝! 静岡支部が今日という日を揃って祝福の日としたのだ。河合が優勝し、エンジン吊りに向かう途中で菊地が「アベック優勝って死語?」と問いかけてきた。アベックって言葉が死語だからなあ、と応えると「西橋奈未ちゃんはアベックって言葉がわからなかったもんね」ですと(笑)。まあいい。死語だろうが何だろうが、静岡支部のチャレンジカップアベック優勝だ!
まさにアベック優勝を阻止せんと(?)西橋が攻め込んだが、これをしりぞけた三浦。実に強い逃げっぷりに、ピットにはただただ祝福が渦巻いた。もちろん菊地ら静岡支部勢は沸き立っており、菊地はこのときも三浦を抱きしめて祝福している。すでにGⅠ覇者である三浦はさすがに涙は見せず、そして満面の笑みで菊地の背中に腕を回している。
これでトライアル初戦は1号艇! 初代クイーンズクライマックス覇者が、堂々の主役として蒲郡にやって来るのはなかなか心沸き立つものがある。2度目の制覇に期待する大晦日となるだろう。
勝負駆けでは、川野芽唯が逆転で出場を決めた。3着以上の条件で、道中はまさに3番手を走ったが、最後の最後に2着浮上! 文句なしの勝負駆け成功である。瓜生正義、前田将太の福岡勢が嬉しそうに川野を祝福。それまでは淡々としていた川野はようやくそこで笑顔を見せている。
一方、完走で寺田千恵を超えた田口節子だが、5着では海野ゆかりを超えられなかった。このあたりがなかなか接戦だったので、森高一真に「節ちゃんは?」と聞かれて「大丈夫」と答えてしまったのだが(一真様、申し訳ありません!)、しかしピットに上がってきた田口はやや表情が硬く、敗れたことへの悔しさのあらわれかと見ていたのだが、もしかしたら状況を把握していたのかもしれない。ギリギリ残った海野ゆかりはすでに下関を後にしており、どんな心境かは知る由もないが、蒲郡では3000番台の砦としての奮闘を期待したい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)