BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――敬意

 若松ピットには、装着場から出入りできる選手用喫煙所がある。ガラス張りだから、外から様子が見られるのだが、そこに山口支部4人だけが集まっている時間帯があった。優勝戦も間近に迫った頃だ。あまりジロジロと眺めるのは気が引けるわけだが、そっと遠くから見ていたら、4人は押し黙っているようだった。白井英治と大峯豊は、やはり神妙な顔つきである。寺田祥と海野康志郎は、そんな2人の醸し出す雰囲気をどう感じていたのだろう。そうして過ごす時間が、白井と大峯の気持ちを整えていく。なんだかそんなふうにも見えていたのだった。

 オープニングセレモニーで口火を切ったのは大峯だった。「徳山で貴浩に獲られたので、貴浩の地元の若松で獲り返す」。続いたのは白井だ。「僕も同じ気持ちで頑張る」。さらに海野が続き、寺田が「僕もそう思います」と締めた。徳山オーシャンカップで、大峯以外の3人が出場し、3人ともが予選落ちを喫した。優勝したのは西山貴浩。あのときの悔しさを若松で晴らす。そんなビッグマウスは我々をざわめかせたし、僕もそれについては何度か書いたと思う。それだけに、4人が喫煙所に集結したことの意味を、どうしても見出したくなってしまったのだ。寺田と海野は2人に思いを託す。白井と大峯がそれを受け取る。そんなシーンに見えてしまったのも致し方ないことだろう。

 そうした山口勢の思いが結実したのか、白井英治が優勝を勝ち取った。大峯豊は激しい番手競りの末に3着。見事にメダル授与式に並び立つこととなった。優勝後の囲み会見で、白井は「(大峯の3着)それは嬉しい」と素直に吐露している。有言実行。貴浩の地元で、見事に獲り返した。

 レース後の山口勢が沸き立ったかといえば、そういうわけでもなかった。寺田はどちらかといえばクールなイメージで、こんなときでもはしゃぐキャラクターではない。白井はすぐにテレビ中継のヒーローインタビューに向かっているから、寺田と海野が出迎えたのはまず大峯だ。大峯には池田浩二らも称賛の声を掛けていて、大峯は柔らかい笑みを浮かべていた。寺田と海野の出迎えにも同様。テンションが極端に上がっていたわけではないけれども、そこには幸せな空気が漂っていた。

 大峯がモーターを整備室に運んで返納作業に取り掛かった頃、係留所で白井がプレス撮影に応じていた。こういうとき、同支部の仲間や仲のいい選手が一緒に記念撮影として収まるのが恒例だが、寺田と海野はそこに向かおうとはしなかった。やはりはしゃいで駆け寄るようなタイプではないのだ。ただし、寺田も海野も微笑みながら、その様子をしみじみと見つめていた。我らが大将がやってくれたか。そんな頼もしさも感じているかのような、あるいは信頼感も漂っているような、まさに絆の強さが伝わってくる光景だった。

 囲み会見で、白井はオープニングセレモニーでの言葉について問われて、ふっと目元を緩ませた。「地元返しね」。4人でつなげたあの言葉を思い出して、少しおかしそうに笑ったのだ。しかし次の瞬間、白井の表情はすーっと神妙になった。
「貴浩が徳山を盛り上げてくれた。だから僕たちが若松をできる限り盛り上げたいと思っていました」。
 その地元返しはいわゆる意趣返しのようなものではなく、むしろ返礼のようなものだったのかもしれない。つまり、あれはリップサービスだ。西山は、徳山で白井に「あとはお前に任せたぞ」と言われたそうだ。悔しさを抱きながらも、西山に敬意を抱き、そして自分たちの分も頑張ってほしいと激励していたのだ。「あの言葉は重かった」と西山は振り返っている。
 西山が今日、その言葉を白井と大峯に掛けたとは思わない。なぜなら1号艇には地元の瓜生正義が乗っていたのだ。さらには弟分の仲谷颯仁も優出していた。意識はそちらに向いていただろう。だが、西山もまさか、やり返されたなどとは思っていないだろう。ただただ先輩と後輩が敗れたのが悔しい。そうした思いはありつつ、きっと白井への敬意を抱いていることだろう。

 そう考えると、地元のヒーローが1号艇で負けてしまったその場で、山口勢が必要以上に快哉を叫ばなかったのもわかるような気がする。それはつまり、敬意のラリーだったのかもしれない。やや勘繰りに近いかもしれないが、白井の言葉が妙に腑に落ちた次第である。そして、山口4人で奮闘してきたメモリアル(海野の大減量はやはり忘れられない!)を、白井の優勝で飾れたことは彼らの大きな大きな誇りとなっているだろう。

 白井がヒーローインタビューに応え、プレス撮影などに応じているその頃、装備をほどいた瓜生正義がモーター返納のためピットに戻ってきている。海水に浸かったモーターを真水で洗浄する作業があるのだが、瓜生が着替えている間にモーター架台を運んで、その順番を待っていたのは前田将太。瓜生は前田に「ありがとう」と笑いかけている。しかし、その笑みは明らかに引き攣ったものだった。前田と言葉を交わしながら、それはさらに強まっていった。このところ、選手会代表としてのイメージが強くなっていた瓜生。しかし今日は明らかにひとりの勝負師だった。その、露骨ではないけれども隠すことができない悔恨の顔つきが、それを物語っていた。そんな瓜生がカッコ良かった。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)