BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――とことん苦い涙と猛烈な歓喜の笑顔

 中山翔太が涙を流していた。ここにも書いたように、GⅠ初経験にして、デビュー3年半ほどの21歳が、とにかく落ち着いて見えたことは驚きだったのだ。たまたま豊田健士郎と並んで優勝戦を見ていたのだが、彼も「いい意味で天然なんです」と語っており、プレッシャーに搦めとられるような男ではないと評していた。それは彼が大物であることを示しているのだと僕は思った。もし勝ったとしても、彼は嫣然と微笑むのみなのではないか、なんて想像したりもしたのだ。
 そんな中山が、感情を隠さなかった。それほど大きな、もしかしたら21年の人生で最も大きな、痛恨を中山は味わった。
 豊田も吠えていたのである。1周2マークで先行する2艇を抜き、2周1マークで完全に先頭に立ったときのことだ。それはそうだろう。かわいい後輩が快挙を果たす、その予感が高まったのだ。いや、もう確信に近かったのではないか。しかし、2周2マークで声は不穏な色を帯び、3周1マークで声にならない声をあげた。中山の身を案じ、苦しい表情ですぐに駆け出した豊田だが、快哉からの落差のあまりの大きさに、豊田も苦しい思いになっただろう。 

 この天国から地獄への落差は、まだ最優秀新人の対象というキャリアの若者にとって、耐えられるものではあるまい。今朝、彼と少し話したときのことを思い出して、中山の涙を見たとき、僕も少し動揺してしまった。ヤングダービー、あるいは新鋭王座の涙といえば、13年新鋭王座の佐藤翼、22年ヤングダービーの末永和也を思い出す。だから中山には彼らのように、あるいは彼らを超えるほどの存在になるよう、今日の思いを糧にしてほしいとしか言えない。ただただ、今節の健闘を、今は称えよう。

 中山は3周1マークで失速気味となり、そこに突っ込んで転覆させたことで、井上忠政は妨害失格となってしまった。中山とはまた別の種類の、苦しい表情を見せていた井上。陸に戻ってくると、まず救護室に向かい中山を気遣い、モーター返納作業に向かうときには俯き加減になっていた。ヤングダービー最後のレースが、苦い思い出になってしまった。大きな悔いが残るものとなった。だからこそ、井上もこれを糧に、今後のSG・GⅠ戦線に生かすしかないだろう。そしていつか、SGで中山との再戦を見たい。心から思う。

 

 いきなりつらい話から入ってしまったが、優勝したのは前田滉! 1マークのまくり差しも素晴らしかったし、いったん逆転した後も諦めずによく猛追した。いろいろあったレースだが、前田は最大限に力を発揮し、自らの力で栄冠を手にした。
 実は8R発売中にこんなことがあった。ボートを着水しようとボートリフトに乗せて、リフトも水面に下がっていった。ところが、すぐに上がってきて、前田は装着場に戻している。なんと、プロペラを装着するのを忘れていたのだ。これでは着水しても、1ミリも前に進まない(笑)。まあ、かわいい失態、である。ただ、もしかして、緊張しているのか!? そんなことを思ったりもしたものだ。5号艇なのに……。

 しかし、そんなのはまるで杞憂なのだった。単に忘れただけで、前田はひとつも緊張に押しつぶされてはいなかったのだ。なにしろ、井上が3カドからまくっていったのを見て、また自分が4コースの吉田裕平より前にいることを見て、どこをまくり差すかを見据えてハンドルを切ったというのだ。実に冷静。緊張に負けていたら、できるはずのない芸当だ。
 バックでは優勝を意識してしまい、冷静さを欠いたそうだが(それが井上との大競りになってしまったようだ)、しかしその後のリカバリーも見事だった。逞しい精神力で、また磨いてきたハンドルワークで、もちろんきっちり仕上げた機力を味方に、前田は優勝をもぎ取ったのだ。文句なしのGⅠ初制覇!

 これを最も喜んでいたのは、当然ではあるが、前田篤哉と前田翔である。彼らは僕が観戦していた場所からはけっこう離れたところにいたのだが、諸手をあげて大騒ぎする篤哉と翔がはっきりと確認できたほどだ。ウィニングランを見送ったあとも、篤哉は万感を込めて「やっっったぁ! チョー嬉しい!」と、それこそ泣き出すのではないかというくらいに感情をあらわにしていた。勝った滉も、篤哉と翔の歓喜を見て、泣きそうになっていたそうだ。
 外野の本音としては、篤哉と翔にはこれを巨大な刺激として、滉に続く活躍を見せるよう頑張れ、ということになる。特に、先輩になる篤哉はそろそろ上の舞台に駒を進めてほしいし、だから先にSGの権利を手にした滉に嫉妬してもいいと思う。でも今日は、とにかく大喜びしよう! 前田3兄弟からついにGⅠウィナーが誕生したのだ。そして、水神祭でスリーショットを撮られながら、次は3人でSGに、とも口にしている(言わされた感もあったけど・笑)。その日を夢見て、今日はとにかく3人で喜びを分かち合い、ただただこの余韻に浸ってほしい。

 というわけで、そうです、GⅠ初優勝だから水神祭です! 愛知支部10人、ただ打ち上げの場所取りなのか(そういう相談をしているのをこっそり耳にしてました)、一部の選手は先にレース場を出たようである。参加したのは3兄弟に中野仁照、鰐部太空海、そして同期の前原大道、篤哉と仲がいい板橋侑我だ。

 水神祭自体は、いつものように皆の笑顔があふれる、ハイテンションなお祭り状態となっている。それよりも、まあメディアとしてはそうなるのは当然だけど、3兄弟のスリーショットをいろいろとリクエストされるわされるわ(笑)。さすがに嫌になるんじゃないかと気が気じゃなかったけど、やはり喜びが大きかったのだろう、みな嬉々として応えているのだった。今日はもう、何だって応えちゃうよね!

 というわけで、まずは前田滉、本当におめでとう。そして家族が快挙を果たした前田家の皆様もおめでとうございます(もちろん奥さんの小葉音ちゃんも!)。滉はこれで来年の蒲郡クラシックの権利を手にした。また、グランプリシリーズ出場も有力なところだ。SGでも大暴れするのを楽しみにしていますぞ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)