
大村ピットの“アリーナ席”。水面際にベンチが2つ置かれていて、ここで観戦する選手も少なくない。優勝戦メンバーが出走ピットに入ったあと、真っ先にこのアリーナ席に陣取ったのは深川麻奈美と津田裕絵。100期生のふたりだ。優勝戦出走ピットには、同期が3人もいる。しかもひとりは1号艇だ。優勝戦の時間帯になって、大村水面はかなり冷え込んできていたけれども、祈りを込める意味でもその場にやって来ずにはいられなかっただろう。
その後、次々と残っていた選手たちがアリーナ席にやって来ていて、そのなかには高憧四季もいた。鎌倉涼が逃げ切った瞬間、真っ先にバンザイしたのが高憧だった。その後も拍手をする選手は多かったけれども、高憧は何度もバンザイで祝福あるいは歓喜をあらわにしている。そして最後はみんなでバンザイ! もちろん深川も津田も、一緒にバンザイだ。

ピットに凱旋した鎌倉は、仲間がやはりバンザイで出迎える係留所に辿り着くはるか手前で、両手を掲げて見せている。それはどこか万感こもったもので、達成感のような感情が遠目にも伝わってくるのだった。そういえば10日ほど前、鎌倉の同期生も同じ色のカポックで、同じようなポーズをしていたなあ、とぼんやり思う。

ただ、その後はそこまではしゃいでいたかというとそうでもなかった。それも10日ほど前の同期生といっしょか。いや、4カ月ほど前の夏に見せていた姿もこうではなかったか。柔らかい微笑み。穏やかなたたずまい。そして歓喜に沸く仲間たち。興奮しているのは周囲の人たちで、本人は冷静とすら見える。もちろん菩薩のような笑みは絶やさない。そこに歓喜の感情は見て取れる。それでも、どこか淡々としているようにさえ感じる様は、それが鎌倉涼ということなのだろう、と改めて思った次第だ。そして、芯の強さに感心もさせられる。

今年の女子PGⅠコンプリートVだ。昨年の遠藤エミが成し遂げたことを、1年後に鎌倉が成し遂げた。快挙である。5年前のダービー、ここ大村で深谷知博がSG制覇を果たした。大村ビッグ夫婦制覇、これまた快挙である。そう考えて、こちらもまたひそかに興奮したりしていたのだが、そのことに強い感慨を抱いている様子は、そのたたずまいからは少なくとも見られなかった。そういうところも間違いなく、鎌倉涼の強さ! ただ、会見で最後に「深谷さんに伝えたいこと」と問われて、「5年後に大村で獲ったよ!」と言ってウィニングランに向かっており、やはり意識はしていたのかとちょっと嬉しくなりました。そう、鎌倉自身はさまざまな思いを抱いているのだろう。それが、あのアルカイックスマイルに包まれ、隠されて、見ているこちらはただただ尊さを感じてしまう。
そうだな、書いていて気づいたのだが、なんだか尊いのだ、鎌倉涼は。この大晦日に尊い勝利を見させてもらった。改めておめでとう!

遠藤エミの強さにも改めて気づかせてもらったような気がする。ピットに戻って、守屋美穂にねぎらわれた瞬間、露骨に顔をしかめて悔しさを隠さなかった。優勝戦1号艇を逃したトライアル最終戦のレース後、珍しいほどにカタい表情を見せた。その後のインタビューでは、負けられないと言った。1号艇ではない。4号艇でも負けられないと言ったのだ。遠藤にとって、ここを勝つことは自身に課した至上命題だったとしか考えられない。その域に、遠藤エミは到達している。そしてそれがかなわなかったとき、ともに女子ビッグの主軸として戦い、SGやGⅠでも戦友となっている守屋の言葉に、素直に心中をあらわした。そこには、遠藤エミならではの、いろいろな思いが詰まっているように思えた。

レースが終わった直後は、準Vながらピット離れでの失敗もあった渡邉優美がせつない表情になっていたり、その渡邉に2番手競り負けた川野芽唯が顔を歪めていたり(遠藤に叩かれる格好にもなっていて、機力的な悔しさもあったか)、小野生奈が脱力したような様子になっていたりと、悔恨の様子は随所に見られた。それでも、時間が経過したモーター返納作業では空気は少し穏やかになっていたように思う。そんななかで、返納作業の間中、神妙な表情になっていたのは平高奈菜だった。あえて稚拙に言うと、いちばん元気がないように見えたのが平高だったのだ。トライアルで2度の6号艇、優勝戦も6号艇。もし枠番が違っていたら、と考えたりもする。そういうなかで、平高自身はどんな思いで戦って、トライアルを勝ち抜き、そして優勝戦を戦ったのか。それが理解できるような気もしたし、平高にしかわからないとも思ったりした。そんな、妙に精気に欠けていた平高奈菜である。それは遠藤とは違う意味で、強さを感じさせるものだった。

シリーズ。優勝は若狭奈美子。スリット隊形はセンター勢がのぞく少々寒いものだったが、万全のパワーと落ち着いたハンドルできっちり逃げ切り。通算4回目の優勝となったが、そのうち3回が今年に果たしたもの。明日からは自身初のA1級、まさに躍進の2025年を象徴する大晦日Vとなった。
印象に残るのは、多くの選手が若狭に祝福の声を掛けていたこと。前半のピットでも、多くの選手が激励をしているようだったが、それだけ愛されている存在ということだろう。若狭自身は穏やかに微笑んでいて、決して大袈裟に喜びを表現していたわけではなかった。むしろ周囲が嬉しそうで、守屋美穂など満面の笑みを向けながら、両こぶしを握り締めて若狭と喜びを共有しようとしていたほどだ。

デビュー20年で初A1、ここまでは決して派手な活躍を見せてきたわけではない。またレース後も派手な振る舞いはまったく見せてはいなかった。しかし、これを契機として若狭のキャリアが派手なグラデーションを描いていくことを期待したい。97期生からは今年、SG覇者が新たに誕生している。そう、あのド派手な男だ。キャラはまったく違うけれども(笑)、若狭奈美子が女子戦線に新たなる渦を巻き起こすのを楽しみにしよう。それにしても、守屋美穂がクイクラのほうで優出を逃し、寺田千恵が初日で帰郷、田口節子が不出場でもこうして優勝者を送り出す(堀之内紀代子も3着)岡山支部、ほんと強いよなあ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)