電光赤火の急戦
12R優勝戦
①瓜生正義(福岡)09
②石渡鉄兵(東京)03
③白井英治(山口)02
④菊地孝平(静岡)03
⑤杉山正樹(愛知)10
⑥益田啓司(福岡)12

やはりと言うべきか、今節のシリーズリーダーにして絶対神にすら思えた池田57号機が消えたファイナルは、スリットから大乱戦となった。
まずは白井が昨日に続く3カドショット! 昨日は“ヤラズのヤリ”で本番だけ艇を引いたが、今日はスタート展示から大っぴらにダッシュ公開。昨日でバレバレだからして、どーせならスタート勘を研ぎ澄ませておこう。ってな思惑だったろうか。

こうと決めたら頑固一徹の初志貫徹。昨日同様、長州の赤侍は突っ込んだ。いや、昨日どころではない、キワッキワのコンマ02!! あの、初めてSGを獲った若松メモリアルを彷彿させる電撃ショットだ。
これで連日の3カドまくりかと思いきや、カド受けの鉄兵がまたヤバイ。キワにはキワで、コンマ03応戦!! 行き足のいい鉄兵がしっかり伸び返し、白井の進軍がぴたり止まる。ちなみに4コースの菊地も、白井にぴったり連動してコンマ03。「無事故完走ならオーシャンカップ滑り込み」なんて境遇はそっちのけでキワまで踏み込んだ。

ここまで地雷原が広がると、どうしたってピンチなのがインの瓜生だ。選手会の代表として、そんなやんちゃな3人には付きあいきれない。コンマ09という世が世なら絶賛されそうなスタートを切ったが、今日は相手が悪かった。
3カド白井にごり押しされつつ、鉄兵が舳先を伸ばして瓜生にプレスをかける。瓜生が落とせばジカまくりOK、という隊形まで持ち込んだ。瓜生の選択は「差されても絶対にまくらせない」的な強気の握りマイ。流れるのは百も承知で、まくりだけは許さない戦法を選んだ。結果的にはミスチョイスだったかも知れないが、おそらく1マーク手前で落としたら鉄兵か白井にまくられていただろう。将棋風に言うと、瓜生のイン戦は「スリット隊形の段階で詰んでいた」と思う。

厳島神社方面へぶん流れる瓜生を横目に、鉄兵、白井、菊地、杉山の4人が続々と差しハンドルをブッ込んだ。わずかにマウントをとったのは一番差しの鉄兵。内から白井、外から杉山が追随し、差し場が窮屈だった菊地は失速。
「鉄兵じゃんっ!!」
バック出口で私は叫んだ。隊形は②-③-⑤ってな感じで、予想も舟券もバッチリ的中だ。が、私と鉄兵の誤算は、昨日から不気味に上積みされた白井のストレート足だったか。鉄兵の内に舳先をねじ込むと、さらにグイグイ食い込ませてマウントを取りきった。その後も接戦は続くが、ここでの伸び比べで第27代の名人位が決まったと言っていいだろう。

――白井四冠、3カドの奇手連発で名人タイトル奪取。
将棋雑誌の見出しならこんな感じだろうか。何度か書いてきたが、10年以上も前に私はひょんな流れから白井と将棋を指すことになり、「勝った方が一生師匠、負けたら弟子としてどんな命令にも従う」という奇妙な条件下で敗れ去った。

以来、顔を合わせると「おう、弟子ぃ、元気しとるんか」「こんちわ白井師匠、師匠こそお元気そうで」みたいな年功逆列の間柄のまま現在に至っている(笑)。つまり、今日は私のお師匠が『名人位』という大きなタイトルを手にしたわけで、この場を借りてご祝言を述べさせていただこう。
――白井英治師匠、折しも藤井聡太名人-糸谷哲郎九段の名人戦第2局が開催されている最中の名人奪取、おめでとうございます。連日に渡る3カドの奇襲から急戦での圧勝劇、お見事でした。そして、弟子だというのに3カド軽視、予想も舟券もとことん軽視してすいませんでした!!

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さてさて、こっからはシリーズ回顧。第27回マースターズチャンピオンのMVPは白井英治師匠だとして、影のMVPはこの男で決まりっしょ!
3024西島義則(広島・49期・64歳)

いやぁぁぁ、知っちゃあいるけど凄かった。安芸の闘将、厳島の鬼軍曹、毛利元就の化身……どんなイカツいニックネームを授けても、今節のこの男の凄みを表現しきれんぞ。
「いやいや、2日目に勝手に3本目のフライングをやらかしたダメダメレーサーじゃん」
そう思う方がいても、否定するつもりはさらさらない。西島本人もF3直後のコメントで「なんも言うことはない、見てのとおり……頭が悪いだけです」と自虐的なセリフを発している。

64歳でのF3。2日目にも書いたが、この量刑はあまりに重い。あの日の記事で私は「来期のA1残留は約束されている」などと手拍子で書いたが、よくよく調べたらば事故点パンクで来期に真っすぐのB2降級が確定していた。さらには150日という長いF休みに突入するから、出走回数不足で来々期のB2級も約束されている。

ただでさえ斡旋数の少ないB2級で向こう1年半近くを過ごし、果たしてA1級に復帰するのはいつ頃だろう。66歳か、67歳か……忍び寄る老い、肉体的な衰え、折れそうな闘争心、そんなこんなを跳ねのけて150日の休みの後に長い長いB2時代を走り続けることができるだろうか。
なんて、2日目の夜にはそんなことをうじうじ考えていたのだが、当の西島本人はまったく違ったようだ。

F3もへったくれもない。目の前のレースをただ、ひた走る。
そう思ったかどうか、西島は1ミリも降りることなく最終日まで戦った。F3後の成績は26212着。スタートはほぼすべて互角レベルで、道中も抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じ続けた。20年ほど前には田頭実がF3持ちでゼロ台連発、若松GIを制したという快記録があるが、あの当時からどんどんフライングの罰則が厳しくなった現在、西島の3日目から今日までの戦いぶりは、ほんのわずかでも当欄に刻んでおくべきだろう。うん、同い年の今村豊さんを「ミスターボートレース」と呼ぶなら、私は西島義則を200%の敬意を込めて「ミスター水上の格闘技」と呼ばせていただきたい。(photos/シギ―中尾、text/畠山)